「ごめんなさい。気を付けます」
自覚十分の遥は、聞かれないよう、全ての盗聴器を手で包み込み、素直に謝る。
それを受け取った長谷川は、うれしそうに小さく頷き、話を続ける。
「長年悪戯を受け続けていると分かるんだよ。あの子達からしたら、これくらいのことは、手が込んでいる内に入らないんだ。言ってみれば、ミスリードさせるための布石だよ。壁に耳あり障子に目あり……こういう時のあの子達は欲張りだから、その二つを狙ってくるんだ」
「そう言われると、あの二人が相手なら納得がいくわ。あっ、親指! 太田さんのことじゃなかったのね」
タイミング良く現れた太田に惑わされた遥は、悔しさを滲ませる。
「見ているんだろ」
窓の外を見渡した長谷川は、見つかり難く観察しやすそうな場所に目星をつけると、そこに顔を向けたまま、懐からスマートホンを取り出し、瞭に電話を掛けた。
「親父殿には敵いませんな。今回は完敗です」
「あーあ、バレちゃった。俺達よりも、母親の癇癪持ちを受け継いだ、娘の心を読めば良いのに」
スマートホンの設定をスピーカーにして電話に出た瞭は、からかうような『殿』付きで呼び、余裕綽綽で降伏する。その横にいる敏郎は、身内だけの気を許せる場とあってか、語尾を伸ばすことなく親しげに悪態をつく。
「聞こえてるわよ!」
「げっ! 何でスピーカーにしているんだよ。それも電話を耳に当てる振りまでして! このクソ親父!」
電話ではなく、盗聴器から発せられた怒声を受けた敏郎は、思わずイヤホンを外すと、耳元を押さえながら、長谷川に逆ギレをする。
「お互い様だろう。それよりも、いい年した大人が、双眼鏡まで持ち出してやることかね」
長谷川は、軽くあしらい、見えないまでも、想像が容易い二人の姿を思い浮かべながら、言って退けた。
「くっそーー! 娘にはたじたじのくせにーー!」
敏郎は、わかりやすい負け惜しみを絶叫する。
「気持ちは分かるけど落ち着け。しかし、親父殿如きに完敗とは……無念」
敏郎を宥めた後、瞭は無念さを露わにし、皮肉を交えて肩を落とした。
「当分は落ち武者生活か……。今回は引き上げるけど、次回はこんなもんじゃ済まさないからな」
敏郎はその横で、瞭に呼応する様に落胆する。そして、少し間を開けた後、安い悪役の捨て台詞を吐き捨てた。
「お前達は、本当に頭が良いのか悪いのか。そんな見え透いた演技で私が納得するとでも」
長谷川は、勝ち誇った口調で追い討ちを掛ける。
「えーー、息子同然だと言ってくれてた俺達が完落ちしているのに、他人のように切り捨てるのか?」
「非情極まりないな。俺達をライオンだかトラだかと勘違いしているのか? 俺達を崖から落としても、登る力はないんだぞ」
「ライオンです」
往生際の悪い、見た目は大人、中味は子供の二人に呆れ返る遥は、面倒臭そうに、盗聴器越しに突っ込む。が、馬鹿馬鹿しくなり、薄らと笑みを零していた。
「狡猾なお前達は、いつも落ちた振りをするだろう。それに、私は気付いているよ。まだ三段仕込みの二だろう」
遥の呆れる顔を見て微笑みつつ、長谷川は、口調に真剣味を帯びさせながら、更に突っ込む。
「そ……そんな余裕なんかないよなあ、トシ」
「今回は布石に力を入れ過ぎたし。俺達を買い被るのも大概にしないとな。はっはっはっ」
長谷川親子の二段突っ込みに対し、少し綻びを見せながら答える。
「買い被りとは実質以上に評価することだ。むしろ、私はその逆だと思っているよ。あえて聞きはしないが、今回の事件の顛末を見る限り、後半部分は不審な点が多すぎる。結末に至っては特にね」
堅物な警察官の顔になり、長谷川は、緊張感漂う言動になる。
「うう……」
「…………」
敏郎と瞭は、検査結果の事を言っているのだと気付き、口籠もる。
「お父さんも、わざと取り逃がした件に気付いていたのね」
ピンんときた遥は、誰にも言っていない、言ってはいけないと思っていた真相を、閑古鳥の鳴く店内にあるはずのない、目と耳を警戒して小さく呟いた。
「あ、ああ。この子達なら取り逃がすなんてあり得ないからね」
流石に検査結果の偽造にまで考えが及ばなかった遥は、見当違いの真相を口にする。
薄々感じていた別の真相を知らされ、少し困惑した長谷川だったが、『やっぱり』と思う気持ちと、『検査結果の偽造』を遥に悟らせなてはいけないという思いが混じり合い、話を合わせた。
「そのことは、三人の時にきっちり説教するが、話を戻そう」
「もういいよ。何もないし。返ろうぜ、ナタク」
「そうだな。俺達は、親父をからかうネタが欲しかっただけだから、それ以上はないよ。さようなら」
二人は早々に帰る準備を行う。そして、窓から見える位置に姿を現すと、親子二人に手を振った。
「三段目は移動するということだな」
「しつこいな。もうないって」
電話切らずに歩く瞭は、呆れたように吐き捨てる。
「見聞きできる場所があるとすれば……」
長谷川は店内を見渡す。
「あっ、マスター!」
突然、長谷川はマスターに声を掛ける。
「何ですか? 親父殿」
マスターの『殿』呼びは、単に、親しみを込めて呼ぶ愛称だった。
「裏口から大きなネズミが二匹入ってくるかも知れないので、締まっているか確認お願いできますか」
「ああ、そういうことね。おかしな電話をしてくるなあと思ったんだよ」
マスターは、笑いながら奥へと入っていった。
「あーーーーバレたぞ! トシ!」
「盗聴器から、きっちり聞こえてるよ!」
二人は悲痛な声で慌てる。
「もしかして、さっきの電話……」
「そのようだね」
「信じられない! 仮にも警察官が、盗み耳するためだけに、他人の店のセキュリティーを緩めるなんて!」
遥は怒りを露わにして、盗聴器に怒号を上げる。
「その反応は少々大袈裟だけどね」
真面目すぎる娘を見て、若いころの自身の悪癖をまざまざと見せられ、遺伝させてしまったことに申し訳なさが込み上げる。
「遥さん、そんなに怒らなくて良いですよ。彼らは昔からの馴染みなので」
店の奥からカウンターに戻ってきたマスターは、遥の怒号を聞き、遠くから宥める。
「親しき仲にもなんとやらとあります」
彼らの罠を見破れなかった悔しさや、盗聴・盗撮に対する怒り諸々を込めて反論する遥は、冷静さを失い、考えと言葉が上手く噛み合わなかった。
「そうだね……。真面目すぎる娘さんだねえ、親父殿。はっはっはっはっ。」
たじろぎ頷いたマスターは、長谷川に顔を移し、昔の長谷川そっくりな娘を出汁に、からかうように笑う。
「緒方さん同様、私も鈴木さんを殴ります。勿論グーで」
遥は盗聴器へと宣戦布告した。
「えー、俺は緒方さんに殴られるんだから、遥ちゃんはナタクを殴ってよー」
「ふざけるなよ! トシが主犯だろ!」
「ナタクこそふざけるな! 俺は思いついただけで提案してないぞ! お前が勝手に読み取って協力したんだろう!」
「そんなこと言うなよ! 言わなけりゃあ、分からないことだろ! トシが主犯でいいだろ!」
全ての企みが看破され、遥の暴力宣言も加わると、醜い罪の擦り付け合いが始まる。
「分かりました。平等に、二人に往復ビンタをお見舞いします」
小物にありがちな、擦り付け合い合戦に呆れた遥は、訂正し宣言する。
「それはないよー、遥様! 一発増えているし……」
瞭は、子羊が鳴くが如く、様をつけて名を呼ぶ。
「パーとグーの違いがありますが」
瞭のふざけた言動にイラッときた遥は、冷徹な声で言い放つ。
「勘違いしてますよ。往は平手かも知れないですが、復は裏拳ですよ。裏拳はグーにも等しいです」
必死の瞭は、慌てながらでも丁寧に説明をする。
「そうだ、そうだ。そもそも、警察官が暴力に訴えるなんてナンセンスだ。暴力無謀暴走じゃじゃ馬娘だ!」
瞭に続いて、敏郎も抗議する。
「馬鹿かトシ。それは水ではなくて油だぞ。この状況で本当のこと言ってどうする!」
「ナタク! お前の方が阿呆だ! 本当のこととか言うな!」
「もう言うことはないですか」
遥は額に青筋が浮かび上がらせ、凍てついた氷の言葉で、熱を帯びる二人を黙らせた。
「うう……二度と会うことはないでしょう」
「それではさようなら……」
熱をも奪われ、苦し紛れに捨て台詞を吐いた二人は、今度こそ観念して電話を切って逃げ出した。
「はっはっはっはっ。この様子だと、もうなにもないようだ」
長谷川は、悪戯っ子を退散させる娘の様子を楽しそうに眺めていた。そして、盗聴器を回収すると、カウンターへと持って行き、マスターに預ける。
マスターは、笑いながらそれを受け取ると、厳重にしまい込んだ。
「捨ててしまえば良いのに」
戻ってきた父親のお人好しさに、遥はぶっきらぼうに言い放つ。
「使い方次第だからね。遥もあれで助かったと聞いてるよ」
「それを言われると……と言うか、誰に? お父さんはこんな末端の事件に関係ないでしょう」
遥は怪訝な顔を父親に向ける。
「いや……えーと、被害者の遺族に有力者が居てね、優秀な刑事と言うことで、ナタクにこの件を当たらせたのは、遠巻きにではあるが私なんだ」
「ふーーん。まさか、お父さんも誰かさんみたいに、盗聴魔じゃないでしょうね」
「ま……まさか」
古い親友である緒方に事情を聞いていた長谷川は、勘の鋭さ見せる遥にたじろぎながら答える。緒方の部下につけたのは、勿論そのためだった。