後日談 (血の抱擁)


「出世は無理そうだなぁ。太田さんにはぁ、階級と態度だけが高い、弱きに強くぅ、強きに巻かれるぅ、根回しと人を陥れる才能しかない無能な輩よりぃ、出世してもらいたいんだけどなぁ」

「気持ちは分かるけどさ、あからさまに、望木警視正のことを言うなよ。壁に耳あり障子に目ありって言うだろ。知らねえぞ、あの人は出世のためなら何でもするぞ。何所に『草』が潜んでいるか分からないぞ」

 瞭は面白半分に個人名を出す。

「ナタク……。一言も、もぎりんとは言ってないぞぉ。それに『草』とか言うなぁ。いつの時代だよぉ。取り巻きでいいだろう」

 敏郎は薄ら笑いを浮かべながら、勝手に付けたあだ名を交えて、苦手振った演技で答える。

「私は知らないぞ。あの人は、その点については本当に怖いぞ」

 その名を聞いた太田は、疲れた顔を引き締め、真剣な面持ちで忠告する。

「それは大丈夫です。僕達は、あの人に出る杭と勘違いされて、色んな妨害を受けましたが、きっちりと話は済んでいるので」

 瞭は、心配する太田に笑顔を向ける。

「こーーわぁ。腕もぎりんしようとしながら、警察を首もぎりんまで追い込むと、脅したくせにぃ。おーー恐ぁ」

 捜査にまで妨害が及んだことで激怒した二人は、望木警視正の抱える問題を、大小に関わらず全て調べ上げ、自分達のみならず、身近にいる人々に関わらないよう、脅迫したのだった。

「酷いなあ。あれは脅しじゃなくて交渉だろ。不正を提示したら急に殴りかかってきたから、腕を取っただけだ。脅したのはトシだろ」

 人聞きの悪いことを言われ、瞭は敏郎に反論する。

「ふざけるなよぉ。そうなるように誘導してただろぅ。俺の方こそ交渉だぁ。ナタクこそ酷い野郎だなぁ」

 敏郎も同じように反論する。

「あんな怖い顔して『受けて立っても良いですが、それは、もう潰し合いではないんですよ。言うなれば一方的な暴力です。この眼を見れば分かりますよね。それでも続けますか?』あれには肝が冷えたぞ」

 瞭は、実際に込められていた殺意は込めずに、強ばる口調だけを再現して、更に反論する。

 二人の内心に潜む狂気を知る遥は、知りもしない、狡猾であろう望木警視正に同情する。

 当然、遥ほどではないが、二人の内面に潜む闇を知る太田は、自業自得だろうと鑑みた。そんな怖い二人に対して太田が好意的なのは、その闇に負けない優しさが潜んでいる事を知るからだった。

「本心なんだからぁ、脅しじゃないぞぉ。敬語で話したしぃ。太田さんはどう思いますかぁ。瞭の方が悪いですよねぇ」

「不正の証拠を提示しての交渉は、脅しと取られても仕方がないし、殴りかかって来たのであれば、相手はそう思ったということだよ。そして、敬語で話そうが、その言葉は明らかに脅迫と取れるよ。それ以前に、不正をネタとしている以上、同罪なので、今のは聞かなかったことにするよ」

 悪い噂ばかり耳にし、部下に対して、傍若無人な態度を取り続けている望木警視正の姿を度々見かける太田は、個人的には望木警視正の狼狽する姿を思い浮かべ、少し気が晴れる。が、警察官としては看過できない問題だけに、最善の選択を述べる。

「ずるぅ。本当にずるいよなぁ、太田さんはぁ。そうやって上手く煙に巻くどころかぁ、当たり前のようにぃ、周りを自分に有利な空気に変えちゃうんだからなぁ」

 軽くあしらい、違和感なく、自然と話しを逸らして自分のフィールドに持ち込む太田に対し、敏郎はうらやましげに絡む。

「何がだ?」

 ある意味天然な太田は、身に覚えもなく、首を傾げる。

「よく言いますねえー。ここに来るまでの車中でぇ、動画サイトで記者会見を見たんですけどぉ、会場全体を上手く丸め込むんでいたもんなぁ」

「確かにな、俺はリアルタイムで見たけど、あれはお見事だった」

 敏郎と瞭は、感心と羨望と嫉妬を絡ませた目を、太田に向ける。

「よしてくれよ、俺は何もしてないぞ。普通にいただけだよ」

 太田は身に覚えのない感情を二人に向けられ、慌てて、向けられた冤罪に対して弁解をする。

「出ましたねぇ。お得意のご謙遜ー」

「キャリアとは思えないその物腰の軽さ。計算じゃないんですか? こわいなあ……俺達には太刀打ちできませんよ」

 階級が上であり先輩でもある太田を、敏郎と瞭は遠慮なくからかう。そんな三人のやり取りに、疑問だらけの遥は、呆然と眺めるほかなかった。

「君達が揃うと、本当に質が悪いな。私をいじめて面白いのかい?」

 敏郎と瞭に向けた太田の恨めしそうな表情は、疲れているせいか、倍増されていた。

「はいー!」

「はい!」

 敏郎と瞭は、申し合わせたかのように声をハモらせた。

「参ったなー。そう言われたら返す言葉もない。はっはっはっはっは」

(いやいや、いっぱいありますよ)

 苦笑を浮かべながら諦めた太田は、最後に笑い声を上げる。そんな太田を目の当たりにし、いたたまれなくなる遥は、吐き出しそうになった突っ込みを、何とか心の中に押さえつける。

「はいー。ご注文の品です。どうぞ」

 間を計っていたかのように、マスターが良いタイミングで、注文した飲み物を運んで来る。

「いつもこんな感じです」

 一様が飲み物に手をつけた後、太田は遥に笑顔を向けた。

 いつかの堅い雰囲気と柔らかい口調のギャップを思い出し、現在の太田を目の当たりにした遥は、納得がいった。今の太田が本来の姿のようだった。

「鈴木さんは、警視庁では嫌われていないんですか?」

 太田に言葉を投げられたことで、会話に割り込む隙間を与えられた遥は、気兼ねなく、抱いていた疑問を口にする。

「酷いなあー、遥ちゃん。そんなストレートに言わなくてもぉ」

 敏郎は笑いながら非難する。当然、遥は無視をする。

「先程のような人間は居ますが、本庁ではそれほどでもないですよ。新しい役職が鈴木君に与えられた時に、よく思わない派閥があるのか、嫉妬なのかどうかは分からないですが、全国の所轄に、誹謗中傷する噂が一斉に広まったんです」

 神妙な顔で太田が説明をする。

「会って嫌うのなら十分過ぎる程分かるのですが……。調べるにしても、警察組織が動く程ではないですし」

 遥は何の躊躇もなく、真剣な面持ちで言って退ける。

「フフフフッ……」

 その嫌いっぷりの良さに、太田は堪らず笑い声を上げる。

「私なにか失礼なこと言いましたか」

「いいや……フフフフッ……何も……フフッ」

 更に真剣な眼を向けられ、太田は更に壺に入る。

「太田さんまで酷いなぁ。ナタクも何か……てめえまで笑うなぁ!」

 瞭に顔を向けた敏郎は、外を見る振りをして笑う瞭に気が付く。

「話しを折るなよ。二人は真剣に話しているんだからな。フフフッ」

 バシンッ

 敏郎は瞭の肩を叩くとふて腐れる。

「私は個人的に調べてみたんだが、警察内部だけに広がる噂なので、尻尾ぐらいは簡単に掴めると思いきや、そうはいかなかった」

 太田は無念そうに語る。

「お前は本当に悪いな、トシ。太田さんに謝れ!」

 神妙な顔で真剣に話す太田を見た瞭は、笑うのを止めて、強めの口調で敏郎に言った。

「いや、別に……私が勝手にしたことだから」

 予想外の瞭の反応に驚いた太田は、敏郎を庇おうと割って入る。

 遥も同じように驚き、眼を見開いた顔を二人に向けていた。

「そういうことではないんです」

 瞭は、そんな二人に申し訳なさそうな顔を向ける。

「いきなり何だよぉ……」

 意外にも瞭の言葉が効いているのか、敏郎は力なく反論する。

「いきなりじゃないよな! トシ……」

「はい……でもさぁ、俺が悪いかなぁ。太田さんが真面目すぎるんだよなぁ…………」

 語尾を強める瞭の言葉の意味を理解している敏郎は、しょぼくれながら反論する。

「そうじゃないだろ。心配してくれているんだろ。そういう貴重な人だけは大事にしろ」

 尚も反論する敏郎を、瞭は一喝して黙らす。

 普段は敏郎に攻められてばかりで、弱い立場に居る瞭ではあったが、重要な事柄や局面では、敏郎を制御、もしくは窘める役を担っていた。

「まあまあ落ち着いて……。私のことはいいから。須藤君も線を引く方じゃないか」

 太田の方が恐縮しながら、尚も敏郎を庇う。

「それを言われると反論できないですけど、トシほど潔癖ではないですよ」

 瞭は、太田の醸し出す温和な雰囲気に巻かれて肩の力を抜くと、言葉を続ける。

「その噂はですね、トシ自身が広めたんですよ」

 瞭は呆れた顔を敏郎に向ける。

「ええっ!? 何故そんなことを?」

「えっ!? どういうことですか?」

 驚いた太田と遥は同時に言葉を発して、顔を見合わせる。

「ああ……すみません。どうぞ……」

 たびたび想定の斜め上を行く答えを出され、その都度驚かされる遥は、堪らず声が出てしまう。割って入ってしまったことに気付き、太田に頭を下げると、主導権を譲る。

「いえいえ、大丈夫ですよ。当然の反応ですから……」

 太田は遥に笑顔を向けて、正面に向き直る。

「…………そういうことですよぉ。疑問も晴れたことですしぃ、この話しは終わりましょうー…………痛てててぇ」

「俺は謝れと言ったはずだぞ」

 瞭は、開き鳴る敏郎の頬を、抓りながら引っ張る。

「まあまあ、それは別に良いから。何故かを教えてくれないかな」

(止めるのが早いわ、太田警視……)

 開き直る敏郎の態度に腹が立った遥は、透かさず止めに入った太田に、心の中で言葉を投げ掛ける。

「ほほたさんがひいって言ってるんだからひいだろぉ。ねえ、はるはふぁん」

「…………」

 頬を引っ張られ、呂律が悪いままの敏郎に助け船を求められた遥は、無言で睨み、間を置いて視線を逸らす。

「ほらぁ、はるはふぁんもひいって言ってるしぃ」

「殴りますよ」

 それを聞いた遥は、間髪入れずに言葉のジャブをお見舞いする。

「ううう……」

 敏郎は怯んで狼狽える。

「はーー。取り敢えず理由を教えて差し上げろ。俺から言っても良いんだぞ」

 遥のジャブに意気消沈する敏郎の頬から手を離し、瞭は溜め息交じりに言葉をかける。

「分かったよぉ、話すよぉ」

 投げやりな言葉を吐くと、敏郎は渋々話し始める。

「単純にぃ、嫌われていた方がぁ、下手な干渉されずにぃ、捜査が出来ると思ったからですよぉ。実際にぃ、効果は現れてますしぃ」

 言い終えた敏郎は、遥に顔を向け、意味ありげな笑みを見せる。

 イラッとした遥ではあったが、話しを折らないよう、睨み付けるだけで我慢する。

「実験的な要素を持った新しい課なので、反対する派閥等もあり、所轄などの末端には行き届いてないんです。そのせいで、事件発生による事後報告になり、プラス、管轄を無視した事件への介入なので、当然、疑われ嫌われます」

「その都度きっちり説明するよりもぉ、『嫌われ者の落ちこぼれキャリアが、お情けでもらった役職で、事件に介入してくる事があるから気を付けろ』ってのほうがぁ、憶えやすいでしょう」

 瞭の堅苦しい補足に、敏郎はフランクな補足を入れる。

「めちゃくちゃな理由だが……確かに、悪い噂ほど広まりやすい。人に嫌われることに、微塵の恐怖も感じない、君ならではだな」

「でしょう。特別捜査官って言えばぁ、大概がぁ、その噂を思い浮かべてくれてぇ、こちらが情報を欲しない限りぃ、干渉しなくなりますぅ。それにぃ、多様な尾鰭が付いていることもありますしぃ、人の悪意ってぇ、際限がなくて面白いですよぉ」

 太田は、敏郎が持つ、向けられる嫌悪に対しての耐性の強固さに、呆れよるよりも、もの悲しさを覚え、無理からに納得する。

 そんな太田の気持ちに触れ、気を遣った敏郎は、明るい言葉を用いて人の暗部に光を当ると、無邪気に微笑む。

「トシ……気の遣い方が間違ってるぞ」

 気を遣ったつもりで追い討ちをかける無自覚な敏郎に呆れた瞭は、引き攣る顔の太田と遥に目を向けさせる。

「えーー、今のはぁ、面白くなかったですかぁ」

 敏郎は、不満顔で口を尖らせる。

「……普通は怖いことなんだけどな。君達を見ていると、些細なことでも他人の目を気にし、言いたことを我慢する自分が本当にバカに思えてくるよ」

 太田は自嘲気味に笑う。

「達って……僕は違いますよ太田さん……ハー死たい……」

「よく言うよぉ。お前も大概だぞぉ」

 瞭は、透かさず反論し口癖を零すが、敏郎も、透かさず突っ込む。

「好意的な人間に対しては、一応傷つくんだけどな。お腹空いたらどうでも良くなるだけで。全く傷つかないトシとは違うよ」

 瞭は不満げに呟く。

「それが普通じゃないんですけどね……」

 遥は苦笑しながら答える。

「えー! その点に関して言えばぁ、遥ちゃんもぉ、こちら側ですよぉ」

「断じて違います! 私は人並みに傷つきます。気にしないように振る舞っているだけです!」

「ひぃぃー」

 大袈裟に驚き、遥に突っ込みを入れた敏郎ではあったが、後の先を取られ、睨みを効かす遥に切って捨てらると、悲鳴を上げる。

「君達を見てると、本当に面白いな。良い意味でも悪い意味でも……いろいろな意味で」

 そんなやり取りを見ていた太田は、疲れが飛んでしまったのか、生気漲る笑顔で大きく笑った。

「達じゃないですよ」

「達ではないです」

 敏感に反応した瞭と遥は、同時に否定する。二人は顔を見合わせると、少し俯き小さく笑った。

「はっはっはっはっ。悪い悪い」

 笑いながら、太田は謝る。

「悪いんですか?」

 敏郎は、不満げな演技を交えた笑みで、太田に訴えた。

「いじめないでくれよ」

 怯んだ演技で太田が答えると、四人四色で表現された笑いが、場を包み込んだ。