9 (血の抱擁)

 


 原作者 無味無臭

                     ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

 部屋の鍵を開け、カーテンで覆われた寝室に入った男は、生ゴミを見るような眼光で、ベッドに縛り付けられた男を見下す。

 ベッドに繋がれた男は、骨が浮き上がるほど痩せ細り、露出された肌には火傷の後が見られる。ベッドの傍らには点滴の台が置かれ、ベッドの男は辛うじて生かされている状態だった。

「父さん……もうすぐ、ママに会えるよ。まあ、捨てたあなたには興味が無いのでしょうけど」

 敵意を剥き出しにした皮肉口調を叩きつけながら、男は優越感漂う笑みをベッドの男に向ける。

 ベッドの男は猿轡を噛まされ、声無く恐怖でベッドを振動させた。

 ドコッ!

「暴れるな! 気付かれでもしたら、どうするんだ!」

 瞬間、怒りが先行した男は、ベッドの男の顔を容赦なく殴りつけた。

「ママに免じて、これくらいで許してあげるよ」

 拳を納めた男は、感情の篭らない冷ややかな眼で、恩義着せがましく吐き捨てた。

 ベッドの男は、息子である男の顔を、恐怖と絶望感を滲ませ、静かに見つめる。

「そんな顔で見ても同情はしないぞ。お前に捨てられ、その絶望感と怒りを僕に向けるしかなかったママが、本来望んだことだ。僕が受けたことを、そのままあんたに返しているだけなんだから……」

 自分の言葉に怒りが再燃した男は、静かな口調に怒りを込めて、感情赴くままに睨み付けた。

 ベッドの男は、凍りついた表情で目線を逸らす。

「そう、あんたに起きていることは、総て自業自得なんだよ」

 父親の恐怖する様を見つめ、復讐に酔った男は、怒りを忘れて快感を覚えると、そのまま身を委ねる。

 幼児期に母親から受けた、様々な暴力を思い浮かべ、その中から二つほどチョイスすると、男は実行に移した。

 男は、本来吸わないタバコに火を点け、ベッドの男の腹部を露出させる。そこには既に、火傷や切り傷など、多様な種類の傷跡で埋め尽くされていた。

 男は唇の両端を吊り上げると、特に火傷の酷い、数十箇所の焼け跡が集中する、未だ癒えていない火傷の跡が残る場所に、タバコの火を押しつける。皮膚からは煙が上がり、焼け焦げた臭いが部屋を侵食していく。躊躇うことなく、それを四回繰り返し、焼きを入れた。

「母さんは喜んでいるだろうな。息子の僕が跡を継ぎ、復讐を果たしているんだから」

「うぐう……ぐ……」

 ベッドの男は苦痛を浮かべながら、噛み締める猿轡の隙間から唾液を垂らす。

 男はその表情を見ると、薄ら笑いを浮かべながら静かな声で凄む。

「汚いな! このクズ野郎!」

 火傷を負った腹部を抓み、力強く捻り上げた。

 苦痛で歪む顔を更に歪ませ、ベッドの男は縛られた体を大きく揺らす。声に出来ないベッドの男に代わり、悲鳴の如くベッドの軋み音が部屋全体に響き渡った。

「それじゃあ、栄養補給をするか」

 ベッドの男の苦痛に歪む顔を堪能し、スッキリとして落ち着きを取り戻した男は、冷蔵庫から点滴を取り出した。

 男は、まだ息の荒いベッドの男の傍らに立つと、点滴を台にセットし、ベッドの男の左腕の裾を捲くる。腹部と同様に、痛々しく残る火傷の痕や切り傷、多様の傷跡が露になる。その腕には、素人であるからなのか故意なのか、失敗した針の傷穴が無数に残っていた。

「まだまだ長生きしてね、お父さん」

 男は、皮肉と憎悪の込められた笑顔で父親に囁くと、三回目にして、ようやく針刺しを成功させた。

「それじゃあ、僕は準備があるからもう行くよ。また直ぐに戻ってくるから、大人しく待っていてよ」

 男はそう言うと、母親に会える嬉しさから、子供のように燥ぎながら寝室を後にする。

 部屋を出た男は、厳重に鍵を掛け、自分の部屋にへと戻る。男の部屋のベッドの上には女性が寝かされており、その女性は抵抗できないように皮ベルトで手足を縛られ、男の父親同様、猿轡をされていた。

「うぐぐぐ……うぐう……うーーうー」

 無邪気な顔で自分を見下ろす男に、声にならない呻き声を上げて、女性は訴え掛ける。

「もう少しの辛抱だから」

 男はそんな女性の訴えが届かないほど、自らの妄想に陶酔し、女性の髪を優しく撫でた。

「あぁ……明日が待ちどうしいなぁ」

「うぐううう……」

 現実に意識が向いていない男の異常な目を見て、女性は更に恐怖を駆り立てられる。もがきながら、流れ出る涙を撒き散らせた。

「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。君はママに会うために必要なだけだ。ママに会えたら君は自由だから」

 激しくもがく女性を視界に捉えて現実世界に戻って来た男は、足元に転がる女性を異常な眼光のまま見下ろす。

「うううう…………」

 言葉とは裏腹なその眼光に、女性の恐怖感は臨界点を超える。身体が弛緩し、力なく声を零した。

「分かってくれたんだね」

 自分の都合のいい解釈をし、満面の笑みで男は言うと、また、女性の髪を撫でる。

「ああ……今すぐにでもママに会いたいなあ……ああ……駄目だ駄目だ。今日は間に合わないから駄目だ」

 欲求が理性を押さえつけようとするのを必死に堪え、男は身震いしながら自身に訴えかける。

「後は場所だな……。明日はどっちにするか。今日見て来た所はいい場所だけど、準備が出来てないし。仕方が無い、狭いけど、予備に取っておいたあの場所にするか」

 男は第三者に説明するように、鏡に映る自分を見て大きな独り言を呟く。

 儀式への段取りをするうちに、男は普段通りの偽りの顔を取り戻していく。

「あの場所も発見されたし、早いところ、他に移ったほうが安全だな」

 男は眼を見開き、自分自身に言い聞かせると、気持ちを切り替えて行動に移る。身支度を整え、大きなスーツケースを押入れから取り出し、鍵を開けた。

「それじゃあ、行こうか」

 男はベッドで横たわる女性に優しく問い掛ける。

 女性は、この部屋に連れてこられる際に使用されたスーツケースを確認すると、力なく頷いた。

「いい子だ……」

 男は素直に頷く女性に満面の笑顔を向け、クロロホルムを嗅がせる。女性が意識を失うのを確認すると、女性を抱きかかえ、丁重にスーツケースへと仕舞い込んだ。

 男は締め切ったカーテンの隙間から外を眺め、暗くなっているのを確認すると、スーツケースを伴い玄関へと歩き出す。振動を極力避けながら、スーツケースに付いた車輪を転がし外に出る。そして、表情一つ変えずに、マンションの廊下を歩きだした。

 近所の住人は、会釈をする男に不信感を抱くことなく会釈で返し、笑顔で通り過ぎて行く。

 駐車場に止める車のリヤゲートを開け、ゆっくりとスーツケースを乗せた。

「もうすぐだから……」

 エンジンを掛け、車を走らせる寸前にそう呟くと、男はスーツケースを意識して後ろを振り返る。

 曇りない満月の光がそうさせるのか、沸き起こる欲求の渦を抑え、男は雲ひとつ無い綺麗な夜空を眺め、気を紛らせながら車を走らせた。