「着きました」
幾らか冷静さを取り戻した高科は、瞭にそう告げる。
シャッターの閉まる店のドアを見て、二人は裏口に回ると、事務所兼控え室である部屋のインターホンを鳴らす。そして、姿を見せた丸顔の女性店員に手帳を示し、瞭は頼りない笑顔で挨拶をする。
「また事情聴取ですか?」
二人を事務所に招き入れながら、女性店員は、既に捜査本部の刑事に事情聴取を受けていることを告げ、疲れた顔で瞭に質問をした。
「ですよね。もう一度だけお願いできませんか。お手数はおかけしませんので」
瞭は頼りなさげに頭を下げる。
女性店員は、頼りない瞭に同情し、且つ、威圧的でない刑事二人に少なからずの好感を覚えて、事務所へと招き入れた。
高科はそんな瞭を見て、
「大人としては失格なんだけどな。こういう時は本当に得だよなあ」
心の中で呟いていた。
「で、何を答えればいいんですか?」
お茶を差し出し、瞭・高科ペアの正面のソファーに腰掛けた女性店員は、お盆を膝に話しかける。
「えーっと……」
軽く後頭部を撫でながら瞭が困っていると、
「上谷です」
察した女性店員は名字を伝える。
「須藤瞭といいます。よろしくお願いします」
その横で高科も挨拶をする。
「お店の方は休業ですか?」
とりあえず、相手の警戒を解く為に、瞭は差し障りのない質問をする。
「昨日の今日ですんで……。それに、オーナーである葉子さんが居なくなってしまったら、この店もどうなるか……」
「そうでしたね」
瞭は、場の雰囲気に合った表情で言葉を掛けたが、眼光の奥に佇む、無機質な光を帯びた視線で上谷を観察する。
「三谷と言います。店の掃除してたんで遅れちゃった」
上谷がお茶を用意する為、奥にある給湯室へと向かう途中に声を掛けていたらしく、頭の悪そうな、チャラチャラとした、三ツ谷と名乗る女性店員が姿を現した。
「今日はお二人で」
「いえ」
「松ッチも来ます」
瞭の質問に、戻ってきた上谷が否定し、三ツ谷が答える。
「すみません。片付けていたので。っと、松田といいます。よろしくお願いします」
少し気の弱そうな、男の店員が姿を見せた。
「事務の方ですか?」
高科が松田に尋ねる。
「高科さん、違います。彼も店員ですよ」
松田の醸し出す雰囲気を見て、瞭は高科に言った。
意外そうに全員が目を丸くし、瞭を見つめる。
高科だけは、他と違う驚きだった。
「よくわかりましたね」
松田は嬉しそうな目を瞭に向ける。
「えっ! 冗談のつもりだったんですが。まさか、本当だとは思いませんでした」
場の雰囲気から、頼りないイメージを植え付けておいた方が、警戒心を抱かれることなく情報を引き出せると考えた瞭は、驚いた振りをしてその場を流した。
「だよね。びっくりした。そんなに優秀な刑事には見えないもん」
三ツ谷は今時の若者らしく、悪気なく、ストレートに失礼な言葉を口にする。
「そうなんですか。やっと、初対面の人にも判ってもらえるようになったと思って、嬉しかったんだけどな」
男のネールアーティストという宿命を噛み締めながら肩を落とした松田は、右腕を目に押し当て、泣き真似をしながら言った。
「腕は一流なのにね」
上谷が慰めの言葉を口にする。
「惚れてるね~♪」
三ツ谷は口笛を交え、オヤジ口調で下品なテャテャを入れる。
上谷はテレながら否定し、三ツ谷の肩を軽く叩く。
松田は困った笑顔で首を傾げた。
「従業員はこれだけですか?」
頃合を見計らい、瞭は話を本題に戻す。
「いいえ。本物の事務員が一人と、葉子さんを発見した従業員が一人います。その娘はショックで入院しています」
冗談を交え、場を緩和させようとした上谷だったが、表情まではコントロール出来ずに、曇った表情を高科へと向ける。
そんな上谷の表情を見て、高科は目に優しさを込めると、聴取を進めていく。
「事務員の男性の方は?」
第一発見者は、心労で入院中との情報を得ていたので、高科は事務員への質問に絞った。
「そうですね。今日はお休みですけど」
「体調を崩されたんですか?」
「駄目雄のせいです」
高科から目を逸らし、三ツ谷が嫌悪感剥き出しで答える。
「青木秀雄。葉子さんの弟です。チンピラ同然で、お金に困ると事務の小林さんにお金を要求するんです」
瞭と高科が顔を見合わせると、上谷が三ツ谷と同じ表情で語った。
「葉子さんは、駄目男に甘いですから。小林さんが、経理上、問題あるから止めさせるように要求したんですが、逆に小林さんが怒鳴られて……小林さんは真面目で気弱だから、何も言えなくなって精神的に参ってしまい、休みがちになったんです。でも、葉子さんは小林さんを信頼していたので、クビにすることはなく、逆に少し後悔はしていたようです」
今度は、葉子と小林に気を遣いつつ、深刻な顔で、松田が口を開いた。
「いつからですか?」
怪しい人物が浮かび上がると、高科は今までの友好的な面持ちから刑事の顔付きに変わり、間を開けずに質問する。
「……」
張り詰めた空気が流れるのを感じ、松田は高科の問いに沈黙する。
「三日前から……。でも、コバッチは人殺しができる人間じゃないから……」
三ツ谷が必死に小林を庇う。
「皆は仲がいいんですね。分かりました。あと、駄目男はどういう人物ですか? あっ、秀雄でしたっけ」
瞭は三ツ谷の真剣な眼差しを数秒間見つめ、その視線を高科に向けて追求を制すると、高科に代わり、場の雰囲気を和ませるために、冗談を交えて言葉を発する。
「ハハハ……はーー……」
しかし、それが返って場の雰囲気が読めない、やる気のない男と思われてしまったのか、和みを通り越し、溜息交じりの失笑を買ってしまった。
「こんにちはー。美香いますか」
突然、事務所に男が入ってくる。
「お兄ちゃん! どうしたの?」
上谷が驚いた表情で声を上げる。
「ああっ、葉子さんが殺されたって聞いて、仕事帰りにお前の様子を見に来たんだ」
全員に軽く会釈しながら、男は答えた。
「上谷さんのお兄さんですか?」
高科が話し掛ける。
「はい。あなたは……」
反射的に男は答えるが、顔見知りの店員以外の人間の質問に、疑心を抱いた目を向けて、二人の男を観察するように見渡す。
「警視庁捜査二課の高科といいます」
「須藤です」
二人は警察手帳を示して自己紹介をする。
「へっ? そうなんですか? 失礼しまいた。上谷美香の兄で、上谷裕輔です」
上谷兄は、静かに手帳を確認し、頭を下げた。
「いいえ。こちらこそ、先に名乗らず礼儀を欠きました。気になさらないで下さい」
瞭は笑顔で答え、軽く会釈する。
上谷兄は、良い意味でイメージとは違う刑事像の瞭に、戸惑いを見せると同時に緊張の糸を緩めた。そして、少し間を空けて妹へ視線を送る。
「では、単刀直入に聞きます。美香は疑われてるんですか」
心配そうな面持ちを瞭に向けると、上谷兄は意を決し、思い切って不安をぶつけた。
「どうしてですか? 思い当たる節でも」
瞭は意味深な質問に、質問で応答する。
「お兄ちゃん止めてよ!」
困った顔で上谷妹が遮る。
「ないですけど……ないからこそ、疑われてないかと心配なんです」
瞭は上谷兄の眼を見つめ、只の過保護だと判断して口を開く。
「大丈夫です。形式的なことなんで、疑ってはいません」
その言葉に、上谷兄は胸を撫で下ろした。
「本当に心配性なんだから……」
呆れと恥ずかしさで、上谷妹は俯いた。嫌がる素振りがないところを見ると、仲の良い兄妹と見て取れた。
「相変わらずのシスコン振りだねー」
三ツ谷が冗談っぽく横槍を入れると、罰の悪そうな顔で、上谷兄は頭を掻き毟る。
「お兄さんは皆と仲がいいようですが、よくこちらに見えるんですか?」
「もうしょっちゅうです。でも、いろんな所のお土産を持ってきてくれるから、迷惑はしてないけど」
三ツ谷が即答する。
「と、言いますと?」
高科が聞き返す。
「俺は運送屋の運転手をしてるんですが、都内だけじゃなく、北は青森、南は九州って具合に、出張することもあるんです。ご当地の土産をよく持ってくるんです」
「そうなんですか。大変ですね。因みに昨日はどちらに?」
話の流れに沿って相槌を打ち、その流れで質問を口にした瞭に対し、周りの空気がヒヤリと冷める。
「えっ?! 僕ですか……。昨日は九時上がりだったので、家で寝てました。証明する人はいませんが……」
思いも寄らない質問に、上谷兄は動揺の色を見せる。
瞭は表情を変えずに、上谷兄を洞察する。
「お兄ちゃんを疑ってるんですか?! って、それよりも、私達を差し置いて、部外者の人間から事情聴取するんですか!」
それまで照れていた上谷妹の表情が豹変し、怒りに染まる。
「そういう意味ではないです。そろそろ聴取に入ろうと思いまして、今がいいタイミングかと……。それに、形式上、少しでも関わりのある人間には、聞かなくてはいけない規則なので。話の流れ上、彼が最初になっただけです」
職業柄、こういう状況になれている瞭は、恐縮がる素振りで軽く受け流す。
「そういうことなので」
高科も場の雰囲気を和らげる。
「あっ!」
「どうしました?」
収まりかけた空気に新風を興すが如く、瞭の叫び声が突然響く。高科を含め、その場にいた皆が驚き、聴取を受けた直後の上谷兄が反射的に尋ねた。
「急になんですか!」
怒りが収まらないのか、上谷妹の言葉には少し棘が含まれていた。
「トイレはどこですか? 我慢しているのを忘れてました」
今になって、本部にいる時に催していたことを思い出し、瞭は後頭部を軽く撫でながら、恥ずかしそうに言った。
「ハー。普通忘れますか? そんなこと」
高科は右手を顔で覆い、俯きながら力のない声で言った。
「ありますよねえ」
瞭は皆に同意を求める。
高科は、無言でもう一回溜息を吐いた。
「プププッ」
三ツ谷と松田が噴出すのを堪える。
呆れを通り越し、イラつきを覚えた上谷妹は、先程の怒りを更に上昇させ、強めの口調でトイレの場所を瞭に教えた。