原作者 無味無臭
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「怒り……何故だ……何がお前を駆り立てる……」
瞭は机に座り、右手に持つ資料を眺めながら独り言を呟く。
敏郎同様に、捜査本部と別行動の瞭は、一連の事件の資料、現場や被害者の写真を部屋全体に張り巡らせて思案を巡らせる。
「生年月日、血液型、趣味、職業……生活環境に至るまで、特に共通点はない。共通点と言えば、性別……二十代独身。会社の同僚の証言では、仕事は真面目で、飾らない質素な女性。あと、身内や友人関係の証言から、私生活は、仕事の同僚とは間逆の証言が取れていることだな。えーと、グループ分けとして、プライベートでは派手好きな女性や、性格に少し難がある女性……後、私生活のだらしない女性などに分けられる……か。分かりやすい二面性の持ち主だな…………。しかし、極端さが鮮明なだけで、仕事とプライベートに違いがあるのは、普通と言えば普通ではあるな……」
瞭は、顎に左手を添えて目を細めると、見ていた資料を置き、斜め下方を一点に見つめながら、振り出しに戻された気分で思案を巡らす。
「頭がおかしくなりそうな部屋になりましたね」
部屋に入ってきた高科は、部屋中に張られた資料と写真を見渡しながら、椅子に座る瞭の背後から声を掛ける。
「この方が思考を整理しやすく、集中できるんです」
「凡人の私には、情報が有り過ぎて、逆に混乱してしまいますよ。それに、これだけの無残な写真ばかりでは気が滅入ります」
「ですよね。平気な僕は異常なんでしょうね」
「かも知れないですが、人は誰でも、一つくらいは異常な一面を持っていると思いますよ。それが、大きいか小さいかではないでしょうか」
「僕はそれが大き過ぎるんでしょうね」
笑いながら瞭は答える。
「警視は、それを受け止める器が大きいので正常なのだと思います……。その異常性が器から溢れてしまうと、人の道を外れてしまうのではないでしょうか」
缶コーヒーを瞭に渡しながら、高科は語った。
「だといいんですが……。あっ、どうもありがとうございます」
過去の自分を見つめ、瞭は簡易的に補修された、自身の器を思い浮かべる。
「で、捜査のほうは順調ですか」
周りをあまり見ないように、高科は瞭に切り出した。
「上から言われているんですか?」
被害者の身内に代議士の親類がいたことから、繋がりのある上層部から、瞭は強いプレッシャーをぶつけられていた。
難航を極める捜査を打開するべく、『柳沢事件』を解決した? 一人でもある瞭に、白羽の矢が立てられたのだった。
「いいえ。好奇心からです」
軽く笑い、高科は答える。
「ですよね。いくら上層部が現場を知らない人間でも、数日では何も言ってこないですよね」
瞭もコーヒーの栓を開けながら、小さく笑う。
「何故、引き受けたんですか? 出世に興味がないあなたが、代議士に媚びる必要はないでしょう」
「タヌキに興味はないですが、この事件の資料を見て、何故か興味を抱かせられたんです」
瞭はコーヒーを口元に宛がいながら、目を細めて一点を見つめると、異様な雰囲気を漂わす。
その雰囲気を感じ取った高科は、いつものこととは思いつつも、背中に冷たい汗を這わした。
「あっ、そうだ。高科さんは、被害者の何かしらの共通点に気が付かないですか」
「ということは、無差別殺人ではないということでしょうか?」
共通点が少ないことから、無差別殺人寄りで捜査本部が動いていたので、疑問を感じた高科はそう口にした。
「僕はそう睨んでいます。ですので、共通点さえ見つかれば、解決の糸口が見つかります」
高科はそう言われ、仕方なく、顔を引き攣らせながら、小さい動作で素早く周りの写真を見る。
「生前の写真を並べないんですか?」
まともな写真がないことに気付き、高科は瞭に尋ねた。
「あっ、そうか。なんか違和感があるな? と、思っていたんですよ」
思い出したかのように、瞭は微笑みながら頭を掻き回す。
「…………」
本当に忘れていたのだとわかり、呆れた高科は『やはり、異常だな』と心の中で呟き、無邪気な目の瞭を見て、また恐怖を感じた。
瞭は資料が散乱する部屋を見渡し、被害者女性の生前の写真を見つけると、一枚一枚、正面のホワイトボードに歩み寄り、先に張られた書類の上から張り出した。
「うんっ……?」
「どうかしました」
何かに気付いた瞭の反応を見て、高科は、瞭の背後からホワイトボードを覗き込んだ。
「この写真を見て、何か気付きませんか?」
目に異質な光を宿した瞭は、笑顔で高科に問い掛けた。
「いやー、これといって……しいて言えば、やや切れ目で、顎先が締まった面長な顔の美人女性」
写真を真剣に見比べて、高科は気付いた印象を口にする。
「それですよ」
「えっ?!」
意外な答えに、高科は驚き口を開ける。
「半分冗談ですよ」
瞭は即答する。
「半分は正解なんですよね」
「はい。この犯人の怒りは、特定の者に向けられています。被害者には、何かしらの共通点がある筈なんですよ」
「その共通点が容姿ですか? それでは単純過ぎないですか?」
高科は素直に疑問を口にする。
「以外にも、単純だったりするものなんですよ。単純であるが為に、見えないこともあるんです」
それ以外にも理由はあったが、瞭は、まだ妄想レベルの段階である推測を語るのを控え、簡単に説明した。
「そんなもんですかねえ」
高科はそれに気付いたが、信頼されていないことを知っていたので、あっさりと引き下がった。
「しかし、共通点よりも、大きな疑問が一つ残るんですよ。まあ、確証も一つ生まれるんですがね」
「と、いいますと」
「疑問はこれだけの怒りをぶつけながら、全ての犯行が、被害者の部屋で起きているということです」
「おっしゃる意味が分かりません」
高科は首を傾げる。
「犯人の抱く怒りの感情は、尋常ではありません。それこそ、抑えていたとしても、子供ですら読み取れる程の怒りです。それに気付かず、明らかに女性達が犯人を招き入れています」
「では、突発的な怒りなんでしょう」
「違うでしょうね。この怒りの感情は、抑え切れるものではありま……ああ、そうか、そうですね。被害者は、犯人のタブーに触れてしまったのかもしれませんね。異常な怒りを生み出す象徴となる人物? モノ? を傷つけたか侮辱した……繋がりましたね」
高科の答えを否定しようとした時、高科の解釈に引っかかりを感じた瞭は、それを思考に取り入れ、再検証し、独り言を呟くように答えを修正した。そして、一つの疑問が解消された。
「えっ、繋がる?」
独り言のような呟きを逃さずに掬い取った高科は、質問をする。
「言い忘れていましたが、被害者には、もう一つ共通点として、仕事とプレイベートとで、大きな二面性があるんですよ」
高科は信用されていないプラス、あまり人を信用しない瞭を熟知していたので、心の中で『故意でしょう』と呆れ、表情に出さないよう、内容の続きを要求する。
瞭もそれに気付いてはいたが、表情にも出さずに、平然と流して答える。
「はい。犯行動機は、恐らく、その二面性です。ということはですね、タブーとは、犯人にとって大切な人物で、理由は分かりませんが、その二面性が、この犯行の象徴となる人物を『汚す』ないしは『侮辱』する行為に当たり、犯人の激しい怒りを誘発させてしまったのでしょう」
自己満足し、瞭は笑顔で言った。
「それでは大まか過ぎないですか?」
「ですよね。勘に近いですが、間違いないと思います。象徴が判れば、ハッキリするでしょう」
表情を変えずに瞭は答える。
「不躾ですが、そう仮定して、意見させて頂いてよろしいですか」
ふと浮かんだ疑問が、高科の口から意思に反して零れ落ちる。
「どうぞ」
教師のような口調で、瞭は答える。
「もし、そのタブーに触れなければ、どうなるんでしょう」
「ただの男女交際で終わります。しかし、犯行から、犯人は象徴に対し、病的なほど潔癖です。たとえ、目に見えて二面性が感じられない女性でも、犯人のイメージを壊してしまえば……結果は同じでしょう」
人が変わったように、瞭は怪しい光を帯びた眼光をホワイトボードに向け、力ある小声で言った。
「しかし、人はそれほど完璧ではありません。大小に係わらず、誰でも二面性はありますよ」
感情移入してしまった高科は、理不尽な犯人に怒りを覚え、怒りを滲ませて瞭に言った。
眼光以外は無表情な顔の瞭は、出来の悪い生徒を諭すように言葉を紡ぐ。
「たとえれば、想い出と同じです。良い想い出は、不純物が取り払われ、綺麗に残されるものです。時が経ち、思い起す度に想いが強まり、より不純なものが振り払われます。想いが強いが為に、大袈裟な表現ですが、神格化されてしまったのでしょう。回数をこなす度、犯行がエスカレートするのはそのせいです」
「すみません。少し感情だってしまいました」
瞭の言葉で理解した高科は、我に帰り、大人気ない自分に反省する。
「いえ、刑事である限り、その感情も大切です。それに、今の話はまだ僕の推測だけの話ですから」
感情の読み取れない表情で、瞭は口元を緩める。
「それでは、確証とはなんでしょうか」
高科は少し間を空け、気持ちを切り替えて質問する。
答えを求められた瞭は、別の場所から、数時間前に起きた殺人事件の書類を封筒から取り出した。そして、被害者の生前の写真を見つけ、ボードに並んでいる写真の横に張り出す。
「この被害者……他の女性とは違いますね。模倣犯でしょうか」
明らかに、前の被害者と容姿の違う被害者に、高科はそう判断した。
「いえ、同じでしょう。怒りまでは模倣できません。現場を見てきたので、間違いないです」
異質な眼光でボードを見つめながら、瞭は答える。
「振り出しですね」
ため息混じりに、高科は肩を落とす。
「いえ、逆です。この彼女だけ違うということは……イレギュラー……つまり、ターゲットではなかったんですよ」
薄っすらと微笑み、瞭は高科を見る。
「と、言いますと」
「ターゲットではない人間ということは、この女性と関わりのある人物だということです。ターゲット以外に近寄る女性。つまり、家族か仕事上の関係者、友人などの人間関係です」
「しかし、ターゲットでない人間まで被害を受けるとなると、友人や家族ならば、親密な筈です。タブーに触れる可能性が高く、今までにそうした被害者が出なかったというのが、不思議に思えます」
確かな疑問を高科は口にする。
「確かにそうですね。ターゲットでない人間に危害を加えたということは、それに足る、侮辱な行為に及んだのでしょう。それに、こういう妄想癖のある人間の周りには、人は集まりませんし、当人も望んでいないでしょうから、友人はいないでしょう。生活を共にしている、ないし、共にしていた家族が、犯人に対し、殺意を抱かせるほどの侮辱行為に至るとは思えません。疎遠か死別している可能性はありますが。で、残るは仕事上の関係者となります」
左手に持つホワイトボード用のペンを回しながら、思慮深げに瞭は答える。
「では、この被害者の仕事先を洗えば、犯人に当たるということですか?」
少し興奮気味に高科は答えた。
「可能性はありますね」
「善は急げ。片っ端から、関係者を任意で引っ張りましょう」
明らかな二面性を発揮し、高科は現場の刑事の血を滾らせ、別人の様相を見せた。
「はー。飛躍し過ぎです。まずは、こちらから出向きます。少ししたら出かけますので、車の手配をお願いしますね」
溜め息を吐き、『またか』と言わんばかりに瞭は呆れた。そして、いつも通りの頼りなさそうな瞭に戻ると、高科に頭を下げた。
高科は光の見えた捜査に意気揚々と返事をして、勢い良く部屋を出て行った。
「普段は冷静な人なんだけどな」
一度火が点くと、熱血漢になる高科の欠点に苦笑し、瞭は高科の背中を見送った。
「さてと……うん?」
部屋を見渡しながら立ち上がった瞭は、一瞬、今までの推測に疑問が過ぎる。
「なんだ……見落としか……」
正体不明の疑問に立ち竦んだが、深層に姿を晦ましたそれ追うことなく、逸る高科を優先させ、瞭はその場を後にした。