6 (血の抱擁)


 原作者 無味無臭

                     ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

 ラ~ラ~ラッララ~♪

 翌日、早朝からだらしない顔でソファーに座る敏郎を叱咤するかのように、電話が鳴り響く。

 規則正しく出勤してきたばかりの遥は、デスクの上に置かれた携帯電話を敏郎に渡しながら、どこかで聞いたことのある、アニメの主題歌の着信音に拍子抜けする。

「朝から何かようか?」

 渡された携帯電話を開き、表示された名前を確かめ、敏郎は異質なスイッチが入ったわけでもなく、素の口調で電話に出る。

 遥は敏郎の反応を見て取ると、それが瞭だと推測した。というか、敏郎の親しい交友関係にある人物は瞭しか知らず、それ以上に、敏郎と親しく成りうる人間はいないと断言できた。

「行きますかぁ。ナタクからの情報でぇ、今朝方ぁ、マンションの一室でぇ、遺体が発見されたそうですぅ」

 その推測? は当たり、電話を切った敏郎はそう口にした。

 事件と言うことで、それまで亀のように緩やかに動いていた敏郎は、見違えるような機敏さで身支度を調えていた。それを待つ遥は、その切り返しの良さよりも、あからさまな口調の変化に呆れた。

 

 現場に向かった二人は手帳を提示し、嫌悪感漂う所轄の刑事の視線を潜り抜け、被害者の部屋の周辺に張られたテープを潜る。

 狭い廊下で帰り支度をしている鑑識に挨拶をし、二人は部屋へと入った。

「よう、ナタク」

「おう、トシ」

 親友の前とあって、自然体になった敏朗は瞭に声を掛ける。それを受け、瞭は阿吽の呼吸で淀みなく返した。

「で、被害者は」

「今回は、俺の追ってる事件だが、気になる点があってな。お前にも見ておいてもらいたかったんだ」

 瞭はそう言うと、被せられたシートを外し、敏郎に遺体を見せる。

「これは……酷いな」

 あまりの酷さに遥は顔を背け視線を逃がすが、敏朗の眼には異常な光が宿り、それを凝視する。

 全身を殴打され、顔面はアザと腫れで浮腫み、頭蓋が割れ、額の端は微かに陥没していた。

「被害者の名前は、青木葉子。二十八歳という若さでネイルサロンを経営している優秀な女性だ。潔癖とも言える程の仕事人間の彼女が、出勤時間を大幅に過ぎても現れないことから、不審に思った女性社員が現場を訪れたところ、遺体を発見したそうだ」

「その女性は合鍵を?」

「いいや、開いていたそうだ。ちなみに、彼女は白だ。アリバイを確認したそうだからな。この後、社員から事情聴取する予定だ」

「女性が発見者か。なら白だな。この犯行の余韻は明らかに男だ。まあ、手口からして誰の目にも明らかだけどな」

 敏郎はそう言いながら、表情一つ変えずに遺体の状況を調べる。

「俺の追っている件と特徴が同じで、致命傷と凶器が同一だ……が……問題が一つ。この犯人、犯行を重ねるごとに、現場に残す怒りの余韻が激しくなり、残虐性が増している」

 瞭は顔を強張らせる。

「無差別殺人なのか?」

「今のところ、全国的に起きた同様の殺人事件は、この被害者を合わせて七件あり、同一犯と目されている。どれも接点がないことからそうは言えるが、犯人にとって共通した接点があり、それに対して怒りをぶつけていると俺は睨んでいる。この犯人にとって、その接点がこの凶行の象徴だろう」

「犯行を重ね、その怒りが逆に増強してしまったってことか……厄介だな」

「ああ、早く犯人を捕まえないと、犠牲者が増え続けるだろう……」

 瞭の顔には、常人では感じ取れない程の、微かな怒りと焦りが滲む。

「そう急くな。焦ればミスを引き込むぞ。って、言っても、お前を心配するだけ無駄だろうけどな。で、犯人の動きは」

 それを感じ取った敏郎は、気楽な口調で瞭の肩を叩き、詳細を尋ねた。

「犯行順に並べると、大阪で一件、東京で一件、福岡で二件、愛知で一件、東京に戻り二件。って、とこだ。この五年間で、不定期的に犯行に及んでいる」

「都市を中心に動いているな」

「ああ、それも意図的に流れている形跡があるから、警察を意識してのことだろう。とは言ったものの、この件に関わってまだ数日なんだ。生で現場を見るのはこれが始めてだから、まだ正確なところはわからないけどな」

「とか言いながら、気付いているだろ。この犯人の犯行には異常性が感じられない。純粋な怒りだ。まあ、これほどの怒りは異常ではあるけどな。利き腕からも、解離性同一性障害でない限り、俺の件とは別の犯人だ」

 敏郎は目を細めて小さく呟く。

「ああ、捜査本部はそう認識しているし、俺も確率的には低いと思う」

 顎に手を沿え、瞭は被害者にシートを被せる。そして、近くにいた刑事に指示を出し、遺体を運ばせた。

「この事件に殺意があるというのは、私にもわかります。でも、一昨日の事件に殺意がないというのが、私には未だ解りません。どちらの被害者も頚動脈切断による失血死です」

 それまで沈黙していた遥が口を開いた。

「言葉では説明できないですね」

 瞭と敏郎は遥に顔を向け、敏郎が口を開く。そして、瞭と敏郎は、顔を向き合わせ、意味ありげな笑みを浮かべると、また、遥に顔を向け、今度は瞭が口を開く。

「経験かな。お嬢さんが思っている以上に、僕らは人の死に触れてきていますから」

 そして、敏郎が瞭の言葉に補足を入れるように続ける。

「正確ではないにしろ、犯行現場から、人の思考を読み取ることが出来るようになるんですよ。経験すればする程、その精度が少し高まるんです」

 その説明で納得できない遥は、内面に潜む悪癖を呼び起こし、不服そうに二人に食って掛かる。

「それだけの理由であれば、他のベテラン刑事にも読み取れるはずです。残念ながら、そういった意見は、お二方からしか出ません。むしろ、笑いものにされるのが落ちだと思います」

「固定概念に囚われているからかな。今回のように常識を逸脱していると、概念が先に立ち、未知なる不安を解消すべく、常識の檻に捕らえようとします。通常の人なら、それが正常な反応でしょうから、非難はできないですけどね」

 過去に虐げられた不特定多数の人間を思い浮かべると、敏郎は人間不信者の顔を覗かせ、冷めた眼差しで答える。

「その顔は止めろ」

 パシンッ

「イテッ」

 瞭は軽く敏郎の頭を弾くと、小声で愚痴る敏郎を尻目に、遥に向き直って口を開く。

「僕らにも固定概念がないとは言えませんし、そのせいで、捜査を誤ることがあるかも知れません。しかし、それが、普通の人よりも大きく欠如しているんでしょう」

「欠如? ですか。まるで異常のような言い方ですね」

「僕らの場合、優秀な人間と言うよりは、精神に亀裂が生じているか、それとも、どこかが壊れているんですよ。そういう言い方のほうが似合っています」

 冷たさも熱も感じさせない、深みのある不思議な眼光で遥を見つめ、瞭は笑みを作る。

「鈴木警視にはその言葉が当てはまりますけど、須藤警視は、私が見た感じ優秀な人間のイメージが当てはまりますけど」

 敏郎のような、負の感情が眼に宿らない分、大きな恐怖は感じなかったが、それでも、内面がまるで見えない瞭の眼光に、遥は得体の知れない、大きな異質感に覆われていた。それを振り払うべく、頭に浮かんだ言葉をそのまま吐き出した。

「そりゃないよぉ、遥ちゃん。傷つくなぁ」

 情けない声で避難する敏郎を無視し、瞭は続ける。

「僕等は、知能の高さによって、幼少の頃から妬み嫉みに晒されてきましたが、僕の場合、身近にいる人達に恵まれていました。でもトシは、その身近な人にも恵まれなかったので、その差がお嬢さんにそう思わせているんですよ。環境の違いや要因の違いはあるものの、内面に壊れた部分を抱えているのは同じだから、トシと僕は同類なんです」

「そういうことだな」

 無視されたダメージを受け流し、人事のように、敏郎は笑顔で相槌を打つ。

「そうだとしても、主席を争って大学を卒業したお二方は、優秀だと思いますけど」

 首都大学の後輩である遥は、二人の逸話を、学生時代に多く耳にしていたのを思い出した。

「天才=優秀とは限りませんし、勉強ができても、頭の悪い人間は多いですからね」

 瞭は今までの経験を回想しつつ、うんざりした表情で、内心に秘めた感情を、珍しく表に出した。

 瞭や敏郎にとって、そう言った賛美には興味もなく、意味の成さないものだった。ただ単に、周りの人間が羨望や嫉妬などを勝手に抱き、二人に雑音を撒き散らして不快にさせているに過ぎなかった。

「そうそう。俺達はそのどちらでもなく、天才=変人のほうかな」

「トシだけな」

 瞭は間髪入れずに即答した。

 その即答に、敏郎は瞭の腹を軽く叩いた。

「御二方が揃うと、まるで子供のようですね」

 遥は溜息交じりに苦笑いすると、緊張感の薄れた顔で二人に言った。

「警視、そろそろ」

 緊張感の欠けた三人の空間に、瞭の部下が恐縮そうに割って入る。

 殺人現場であることを忘れ、気付かないうちに二人のペースにはまってしまっていた遥は、その部下の声で我に帰ると、周りの殺伐とした空気に罪悪感を覚える。

「それじゃあ、俺は行くよ。高科さん、お手数かけます」

 キャリア官僚という偽りの仮面を被ると、瞭は感情を抑え、熱を持たない人格を演じる。

 年上の部下である高科に対し、他人行儀な敬語で応対しながら歩き出す。

「ああ。適度にな」

 敏郎の台詞に、瞭は背中を向けながら、ひらひらと片手を振って、所轄の刑事達に挨拶を交わしながら去って行った。

「それじゃあー、所轄の刑事の視線も痛いことですしぃ、我々も去りますかぁ」

 瞭同様、人が変わったような判りやすい切り替えの早さに、遥は悪い意味で感心した。 瞭の言うとおり、二人は間違いなく同類の人種だった。

「相当嫌われていますね」

 敏郎の問いかけで周りを見渡した遥は、瞬間的に敏郎を睨む刑事に気付いた。じっくり観察すると、過半数の人間が、不規則に敏郎を睨み付けていた。

「到着当初からだよぉ。まぁー、慣れているけどぉ、長時間はぁ、流石にきついなぁ」

「警視でも傷つくんですね。少し安心しました」

 遥の軽い皮肉に、

「一応、人ですからねぇ」

 無邪気な笑顔で敏郎は答えた。

 遥はいつも通りのその愛想笑いが、何故か嬉しそうに見えた。

「それよりも、何かしたんですか。普通は、あそこまで嫌われませんが」

「理由は多々ありますがぁ、大体はぁ、噂が悪いように捻じ曲げられてぇ、広まっているらしいですぅ。害はないですからぁ、気にしていません。遥ちゃんが知らないだけですよぉ。それよりもぉ、僕達の事件の捜査本部にぃ、顔だけでも出しますかぁ」

 敏郎はそう言うと、入り口にいる刑事に会釈だけをして室外に出て行った。

 会釈された刑事は、嫌々それに習い、敏郎が通り過ぎると、不機嫌な顔を作り、後に続く遥にその顔を向け軽く会釈した。

 遥は冷たい表情でその挨拶に答え、その場を後にした。