2 (血の抱擁)


 原作者 無味無臭

                     ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

「目撃者はどこですかぁ」

 捜査本部が置かれる、所轄の警察署に到着した直後、気持ちの逸る敏郎は遥に尋ねる。

「目撃者は、どうやら未成年らしく、少年課が補導する形で、保護しているようです」

 遥は近くを歩く婦警に尋ね、そう口にした。

「そうですかぁ。それじゃあー、急ぎましょうー」

 案内図にざっと目を通し、敏郎は足早に署内へと入って行く。

「ハー、助手というより子供の世話ね」

 遥は、親を急かして玩具屋へと走る子供と敏郎を重ね、溜息を零す。が、同時に、残虐な殺人に対し、怒りよりも好奇心が先に立つ敏郎のその姿に、不快さと恐れ、危うさを感じた。

 精神的に益々重くなる足を引きずり敏郎を追う遥は、少年課の入口で門前払いされる敏郎を視界に入れ、足を速める。

「どうしました?」

「長谷川! なんだこいつは!」

 会話に入った遥に顔を向けた、五十代の男が怒鳴る。

 刑事一筋で、典型的な頑固刑事といった感のある四角い瓦顔の男は、鬼瓦と化していた。

「だから言ってるじゃないですかぁ。僕はぁ、警察庁から派遣されたぁ、特別捜査官ですぅ」

 溜息を吐きながら、警察手帳を持つ手を下ろす困惑顔の敏郎は、遥に鬼瓦顔を向けた男の後頭部へと、何度目かの言葉をぶつける。

「しつこいぞ! そんな刑事がいるなんて! 聞いたことなんかないぞ! それに、お前のどこが刑事なんだ!」

 警察官とは思えない、隙だらけの敏郎の容姿が男の疑心を煽る。

「まだ試験的な役職ですからぁ」

 締まりのない笑顔で敏郎が語る。

 敏郎のその全てが逆効果で、男の顔が更に強張る。

「い・い・加・減・に・し・ろ!」

 男は血走った眼で歯を食い縛り、そのままの状態で、一字ごとに力を込めてゆっくりと言い放った。

「緒方さん」

「何だ! 長谷川!」

 話に割って入る遥を、その男、緒方が睨む。

 キャリアに対する妬みや羨望がなく、ただ純粋に刑事一筋できた緒方は、遥の父親の権力を恐れることなく、新人刑事として扱う遥を躊躇いなく威圧する。

 刑事として尊敬できる緒方に対し、遥は素直に対応する。

「はい、鈴木警視の言うことは、本当のようです」

 遥自身、まだ霧が失せていないのか、曖昧な返答をする。

「ようです。とは、どういうことだ!」

「正直、私自身、まだ信用しきれていませんので」

「それはないよぉー、遥ちゃん」

 正直に遥が答えると、敏郎は情けない声を上げた。

 火に油を注ぐような、だらしない言葉と仕草の敏郎に苛立ちを覚えた遥は、一睨みして黙らすと、言葉を続ける。

「しかし、警視という肩書きの人間が、そのような嘘をつくとは思えません」

 早く捜査を終わらせて、今の状況から逃れたいと思う遥は、したくもないフォローを強いられ、疲労感に襲われる。

「そう言い切れるのか!」

「はい」

 緒方は凄みのあるごつい顔で遥を見据えるが、それに負けずに遥は睨み返す。

「その気の強さは親父譲りだな」

「えっ?何ですか」

 ボソリと呟いた緒方の言葉を聞き取れなかった遥は、緒方に聞き直す。

「いや、何でもない。とりあえず入れ」

 緒方は眼を多少見開き『しまった』と言わんばかりの顔で、鬼瓦になっていた顔を苦虫を噛み潰した顔へと変化させた。

「やっと分かってもらえましたかぁ」

「長谷川に免じてな。だが、こちらでも確認は取らせて……おい!」

 話を聞き流し、逸る気持ちが先に出た敏郎は、緒方の言葉を最後まで聞かずに部屋の奥へと入って行った。

 緒方はそれに気付き、言い終える前に去って行く敏郎に怒鳴るが、既に敏郎の耳には届かなかった。

 怒りを宿しながら、目撃者の前で怒鳴るわけにもいかず、緒方は二人を監視する為に背後から続く。

「私は警察庁所属の、鈴木敏郎と言います。よろしくお願いします」

 スイッチの入った敏郎は、語尾を延ばさずに、未だ震える目撃者の四人に挨拶をする。

「また、話すんですか?」

 震えた声で、既に他の刑事に事情聴取を受けた四人は、不満げな顔付きになり、派手な男が代表して口を開いた。

「そうだね。落着いて、冷静になってから思い出すこともあるし。申し訳ないけど、ゆっくりでいいから、もう一度思い出してくれないかな」

 敏郎は身を屈めると、人懐っこい笑顔を向けて優しく答える。

 遥以外の者には、敏郎の眼に潜む、独特の光には気付かない。刑事として、長年に亘り様々な人間を見てきた緒方でさえ、微かな違和感を覚えただけで、敏郎が醸し出した、威圧のない、温和な雰囲気に呑まれてしまった。

 四人の目撃者は、上からものを言う、先に聴取した刑事とは違い、同じ目線で優しく話す敏郎に好感を覚え、ゆっくりと、震える声でその時の状況を詳細に語り出す。

「ありがとう。あと、その犯人の顔は、血が大量に付いていてよく分からなかったんだよね」

 大体聞き終えると、敏郎は、震えている気弱な女の子に話し掛ける。

「はい、血だらけでした」

「で、肩にぶつかって、その場所に血が付着していたと」

「はい。肩全体が……ガチガチッ……」

 その時の恐怖が襲い、気弱な女の子は歯を鳴らした。

「最後の質問です。その犯人は、何を呟いてたか分かるかな?」

「カチカチカチッ……」

 恐怖に包まれ、声にならない気弱な女の子は、首を左右に振った。

「ありがとう。思い出させてごめんね。もう大丈夫だから」

 両手でその女の子の手を握り、敏郎は笑顔を向ける。

「家の子はどこですか!」

 その時、入口で叫び声が響く。

 その声で立ち上がった敏郎は、部屋に飛び込んできた、四人の誰かの親に視線を送る。

「美代子! あんたって子は!」

 自分の子を見つけると、母親は気弱な女の子を睨み付け、大声で怒鳴った。

「まあまあ、お母さん落ち着いて」

 少年課の刑事が母親を諭す。

「本当に申し訳ありません! どうかこのことは、学校に知らせないで下さい……あなたからもお願いしなさい!」

 そんな親を見て、子供四人は震える身体を両腕で押さえながら、唇を噛み締めて睨む。

「なによ! その目は! 自分達がどういう状況か分かってるの!」

 母親は興奮のあまり、震える我が子に気が付かず、一人喚き散らす。その後ろで、父親は傍観していた。

「お母さん。後のことは忘れて、今は優しくしてあげてくれませんか。彼女達も、ある意味被害者なので……」

 その親を見て、心の奥から湧き上がる衝動に苛立ちを覚えた敏郎は、母親の肩に手を置き諭す。

「後のことが大事なんですよ!」

「それは時と場合によります。落ち着いて下さい」

 今の状況が見えていないのが自分であることに気付かず、後のことに執着する母親に対し、小さくて強い口調で敏郎は言うと、肩に乗せる手に力を込める。

 母親は、肩に走る痛みと、得体の知れない、引き込まれそうな敏郎の強い眼光に魅入られ、落ち着きを取り戻して行く。

 そして、敏郎は視線を逸らし、母親の視線を四人へと誘導した。

 ようやく我が子が震えているのに気が付くと、駆け寄って抱き締めた。

 父親も同様に、子供へと駆け寄り手を握る。

「それではお願いします」

 敏郎は少年課の刑事に挨拶すると、遥に視線を送り、廊下へと足を進める。

 それまでメモを取り傍観していた遥は、変人と見ていた敏郎の良識的な行動に少し動揺したのか、遅れて後に続いた。

 二人が廊下へと出た時、四人の内の誰かの両親が到着し、喧騒を撒き散らしながら、二人の横を通り過ぎて行った。

「そんなに意外ですか」

 目撃証言の情報を自らの思考に組み込み、整理することに専念していた敏郎は、一段落付くと、突然、口を開く。

 遥の醸し出す雰囲気で、その内心を感じ取った敏郎は、振り向く事無く、後ろを歩く遥に問い掛けた。

「はい。少し見直しました」

「その判断は少し早いですね。あれは演技ですから」

 悦によってスイッチが入り続ける敏郎は、冷静な口調で答える。

「そのようには見えなかったですけどね」

 敏郎の背中を見つめ、遥も冷静に即答する。

「それを見せてしまったらぁ、失敗ですからぁ」

 変人扱いされ敬遠されることに慣れきっていた敏郎は、色を付ける事なく、素直な言葉を遥にぶつけられ、失ったものに対する懐かしさを覚えて動揺する。

 遥の資質なのか、他の者では何も感じないであろう遥の言葉は、何故か闇の衣に包まれた敏郎の心を射る鋭さがあった。

 事件への欲求を殺がれた敏郎は、動揺を悟られまいと、元の口調に戻り、ダラリと言ってのける。

「素直じゃないですね」

 不自然に悪ぶる敏郎の素振りから、微かに動揺しているのを察知すると、遥は口元を緩める。見透かすような態度を取ることで、先程のお返しとばかりに微笑んだ。

「勘違いしないで下さいー。僕はぁ、大の人間嫌いでぇ、人間不信者ですからぁ。人に好かれることもないですしぃ、僕から好きになることも滅多にないですぅ。まあ、ああいった演技をするのはぁ、人がああいった行動に弱くぅ、その行動一つでぇ、悪印象から好印象へと簡単に逆転しまうからですぅ。その差異が大きければ大きいほどぉ、その効果も倍増しますからねぇ。まあー、その逆も然りですけどぉ。適度の信頼と親近感を与えておけばぁ、相手から自ずと情報を提供してくれるようになりますらぁ」

 極度の人間不信から、心に踏み込まれることを極端に嫌う敏郎は、恥かしいくらいに、だらしなく捲くし立てた。

 敏郎が張り巡らせる、強固なセキュリティーに触れて警報を鳴らすことで、一瞬、渋面な顔になった敏郎の表情が、遥の脳裏に焼き付いた。

 遥は底の知れなかった敏郎の深い心の底が、一瞬垣間見えた気がした。

「おい! 待ってくれ!」

 大きく叫ぶ声が近付いて来る。

 振り向くと、そこには緒方がいた。

「何でしょうかぁ」

「お……おう。お前に謝ろうと思ってな」

「何をですかぁ?」

「お前の事情聴取のお手並みを拝見してな、俺がお前に言ったことを謝りたい。すまん」

 頑固ではあるが、その年齢と外見のイメージとは違い、自分の失敗を素直に認められる大人であるらしく、緒方は頭を下げた。

 失敗や間違いを素直に認められる人間は少なく、年を重ねれば重ねる程、自尊心が高くなり、自尊心が傷付くのを恐れ、はぐらしたり、逆切れをして、それらを回避しようとする。

 敏郎は、人生経験において、そのような人間ばかりを目の辺りにしてきたので、緒方の真っ直ぐさに新鮮味を感じ、少し戸惑いを見せる。

「気にしないで下さいー。そう思わせた僕の責任ですからぁ」

「そう言ってもらえると助かるよ。事件のことで、何か分からないことがあったら俺に聞け。携帯の番号を教えておく」

「そうですかぁ。ありがとうございますぅ。こちらこそぉ、協力を惜しむつもりはありませんからぁ。あとぉ、遥ちゃんはぁ、お預かりしますぅ」

 緒方の携帯電話の番号を受け取り、自分の番号を渡しながら敏朗は言った。

「分かった。俺は捜査本部に戻るが、お前達はどうする」

「僕はぁ、自分の事務所を与えられているんでぇ、僕の捜査方法でぇ、解決を図りますぅ」

「そうか。それじゃあ、俺は行くよ」

 そう言って、緒方は去って行った。

「早速ながらぁ、効果覿面ってとこでしょうかぁ」

 緒方を見送ると、敏郎は笑わない眼を細くし、口元だけを緩め、不敵さを滲ませた顔を強調して遥に向ける。

「悪い顔ですね」

「これが僕ですからぁ。それじゃあ、行きましょうかぁ」

 不本意にも、『怪物』でない方の、見られたくない素顔の一端を見らしまった敏郎は、取って付けたように『悪さ』を強調した。誰が見てもわかってしまう程の、逆効果な行為だと知りつつも、そうしてしまう自分の青さに苦笑いしてしまう。

「滑稽だな……」

 先程の『報復』を図ろうとした遥ではあったが、冷たい光を取り戻した敏郎の眼光を見て諦めた。そして、話を本題に戻す。

「で、事務所はどこにあるんですか?」

「警視庁の地下ですぅ。元物置部屋ですけどねぇ」

「そうですか」

 遥はそれを聞いた時、敏郎はその変人振りによって、出世コースから外され、体のいい厄介払いをされたのだと解釈した。しかし、嬉しそうに話す敏郎の顔に呆れ、脱力感から、遥はそう答えた。

「…………」

「…………」

「一つ訊きたい事があるんですけど」

 場の雰囲気を零に戻す為に、一定の間を開けた後、シリアスな面持ちで遥は切り出した。

「何でしょうかぁ」

 遥が張り巡らせた、鋭い緊張の糸をものともせずに、敏郎は触れる糸を弛ませながらマイペースを貫く。

「先程の事情聴取で、後半は念押しで聞き返していましたけど、何を確認したかったんですか?」

「犯行現場で感じたぁ、違和感に対して抱いた推測をぉ、確信に変えたかったんですよぉ」

「違和感……ですか?」

 遥は首を傾げ、犯行現場を思い浮かべる。

「まあ、立ち話はなんですからぁ、事務所で寛ぎながらぁ、お話しますよぉ」

 敏郎は事務所に戻ることを優先し、遥の質問をシャットアウトする。

「分かりました」

「それではぁ、早く行きましょうー」

 今回の事件の捜査方法を頭でシュミレーションしながら、敏郎は、逸る気持ちを足運びに表し歩いて行く。

 まるで、それがお決まりのように遥が後ろに続く。

 双方は、それぞれの思いに耽りながら、元物置部屋である、警視庁の地下事務所へと向かって行った。