19 (血の抱擁)


原作者 無味無臭

                     ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

「もう頃合いですかねぇ」

 松田が病院に到着するのを内藤が持つスマートホンで確認した敏郎は、満足げに口を開く。

「内藤君、緒方さんに電話掛けてもらっていいですか?」

 敏郎は、血の滲む包帯を巻く右手を広げて、呼び出し後に手に乗せるよう要求する。

「遅いです!」

 既に拘束を解かれ、助手席に座る遥が怒鳴る。

「あーー手が痛いなあ。切られた身体が痛いなあーー」

 敏郎は、内藤の子供口調を模して、遥の負い目を攻撃する。

「うぐぐ…………。それとこれとは全く別の話です!」

 歯を食い縛り、遥は大声で反論する。

 敏郎は、お構いなしに、手に置かれたコール音の鳴るスマートホンを耳に宛がった。

「もしもし、鈴木ですぅ」

「おう。そちらの状況は?」

「いい報告と残念な報告がありますぅ」

「そうか……聞かしてもらおうか」

 敏郎の緊張感のない口調で、粗方状況を把握した緒方は、敏郎の口調に怒ることなく尋ねた。

「遥ちゃんはぁ、無事に確保しましたがぁ、犯人を取り逃がしましたぁ」

「バカヤロー! お前らがいて何故取り逃がす!」

 緒方は安堵の籠もる怒声で答えた。

「緒方さんはぁ、我々を買い被り過ぎですよぉ。でもぉ、最小限ではありますがぁ、行き先は把握していますぅ」

 悪気もなく平然と受け答えをする敏郎に怒りが増すばかりの遥は、終始睨んでいた。

「本当か? どこだ!」

「緒方さんが処理してくれますかぁ?」

「どういうことだ。お前達は行かないのか?」

「緒方さんの方が近いのでぇ」

 はなから行く気のない敏郎は、もっともらしい嘘をつく。

「……そうか。なら教えてくれ」

 それを察した緒方は、少しの間を開けた後、快諾した。

「容疑者はぁ、容疑者宅で見つかった男性のところですぅ。容疑者の車に仕掛けたGPSで確認できてますぅ」

「ちょっと待てくれ。おい車を出せ……。すまんな。で、今度は間違いないな」

 部下に車を用意させ、緒方は準備しながら念を入れる。

「今度はバレないように仕掛けましたのでぇ、大丈夫ですぅ」

「……幾つか解せん事はあるが、一つだけ聞かせろ」

 幾つかの疑問を感じたが、緒方は一番大きな疑問に絞り、圧を掛けて問い質す。

「はい。何でしょうかぁ?」

 それを簡単に受け流し、敏郎は返事をする。

「お前の口振りだと、最初から行き先は分かっていたんじゃないのか。取り逃がすことを想定していれば、前もって配備できたはずだ」

「だからぁ、緒方さんの買い被りですってぇ、GPSで行く先を確認したからですよぉ。先の失敗もありますしぃ、本部としてはぁ、町中での追跡劇はぁ、当分避けたいでしょうしねぇ」

「……分かった。後のことは任せろ。だが、やっぱりお前は一発ぶん殴らないと気が済まん。お前の言葉は嘘の匂いがプンプンする」

「えーー、ひどいなぁ。今後会わないようにぃ、気をつけますぅ」

(流石は緒方さん。是非、私が手引きします)

 会話に聞き耳を立てていた遥は、心の中で叫び、嬉々として計画を企てる。

「それが賢明だな……。で、長谷川に代わってもらえるか」

「え?!」

 その言葉に、一番罰せられるべき自分を思い出し、遥は気を落とした。

「はい、喜んでぇ」

 敏郎にスマートフォンを渡された遥は、意を決す。

「勝手なこう……」

「ばかやろーーーーー!!! …………無事でなによりだ。返ってきたら、こってり絞るからな!」

 が、遥が声を発した瞬間、緒方は大声で怒鳴り、そして、無事を喜んだ。最後に説教の予告を忘れずに。

「はい! 逃げずに戻ります」

「当たり前だ! 誰かさんとは違うぞ!」

 遥は、目に涙を溢れさせながら大きく返事をし、敏郎を出汁に返答をすると、冗談混じりに、緒方は怒鳴り返す。

 遥は、切れた電話をしんみりと眺める。そんな遥の醸し出す雰囲気が車内を包み込み、感に堪えず、沈黙と共に、皆が優しい笑顔を灯して浸った。

「良き師弟愛だなあー」

 が、沈黙に浸れない、一人の男の軽口が場の空気をぶち壊した。

「…………ごめんなさい」

 全員に睨まれ、その男、敏郎は、睨まれた意味を解することなく、罰が悪そうに伏し目がちに謝罪した。

「フーー……。私は解放後に現場に向かいます」

 深呼吸をして気持ちを切り返すと、遥は嫌みったらしく切り出した。

「人聞き悪いなぁ。それは構わないですがぁ、行かない方が良いですよぉ。結果は大体見えますしぃ」

 敏郎は惚けた表情を変えずに、遥に顔を向ける。

「それでもです! 私は最後までしっかり見届けます!」

 語尾を強め、遥は意思の強さを眼に込めて、敏郎を睨んだ。

 敏郎と瞭の言動や雰囲気で結末を予見してはいたが、遥は自身の信念を言葉に乗せていた。

「そうですかぁ。ではぁ、一番効率が良さそうなところで解放しますねぇ。……で、要件はそれだけではないですよね」

 敏郎は、苦手な視線を受けて目線を逸らし、冗談混じりに快諾する。が、少しの間を開けた後、続ける言葉と表情が一転する。スイッチの入った敏郎は、遥の眼に宿る、消えない疑念を感じ取り、薄らと笑みを浮かべ、異様な眼光を灯した視線を向ける。

「何故、沢田氏が容疑者の父親だと緒方さんに告げなかったんですか?」

「確証がないからですよ。成否関係なく、あえて知らせる必要もないですし」

「でも、そうなんですよね。容疑者も認めていました」

 遥は食い下がる。

「捜査に関係ないからですよ」

「そうでしょうか。どちらにしても、最終的には動機が必要になってきますが?」

「このことを知る人間は、一人でも少ない方が良いんですよ」

「何故ですか?」

「情報は、どんな些細な所からでも漏れます。リスク回避ですよ」

「誰に対してですか!?」

「誰って……ハーーー」

 意地になり、語尾が強くなる遥に気疲れし、敏郎は呆れるように溜め息をつく。

「何かおかしな事を言いましたか!?」

 敏郎の溜め息に対して悪い癖が出た遥は、そのままの勢いで怒鳴る。

「罪のない妻や子供達からですよ。責を負うのは父親だけで良い」

 運転する瞭は、諭すように割って入った。

「…………分かりましたが……しかし、先程も言いましたが、彼が被害者になりえた動機が必要になってきます」

 気付かされて意気消沈した遥は、力なく食い下がる。

「でっち上げますよ」

 遥の強い追求から解放され、敏郎は悪い笑顔を作る。

「そんなことをしても、少し調べればバレます」

「ですから、その全てをです」

 異様な眼に宿る意思を感じ取り、遥はやり遂げるであろう敏郎を想像する。

「我々は警察官です! どんなに残酷な結果でも公表すべきです!」

 警察官の鏡である遥は、職に身を掲げた自身の信念に則り発言する。

「先程も言いましたが、俺達は私情を優先させます。職業に誇りなど持ち合わせていません」

 遥の信念に穴を穿つように、瞭は答える。そして、歪んだ強い意志を眼光に宿し、無機質な顔を遥に向ける。

「この二人は、私情なんて優しい言葉では言い表せないですよ。上手く言えないですけど、病的な異常な……ネガティブな形容動詞が幾つもついた信念ですよ。たまにポジティブなのもつきますけど」

 短い付き合いで見聞きした、時には受けた理不尽を思い出し、内藤は、堪らずに、恨み節をひっさげ割って入る。

「そういうことかな」

 瞭は納得して視線を前方に向ける。

「ね、遥さん。こういう人達ですから」

「……………………」

 諦めの境地を言葉に乗せる内藤を無視するかのように、遥は不満を押し殺して口を噤む。

「着きましたよ。長谷川警部補」

 超が付く程の安全運転で、異常性を運転にまで見せる瞭は、ようやく到着した最寄りの警察署に車を止める。

「ありがとうございます」

「遥ちゃん! 最後にぃ、遥ちゃんはぁ、遥ちゃんの正義で動けば良いですよぉ。僕らに不利益になろうとぅ、僕達は遥ちゃんを尊重しますぅ。ましてぇ、恨むことはないですからぁ」

 いつの間にか平常に戻っていた敏郎は、降車する遥に声をかける。

「卑怯ですね。それを言われると、迷いが生まれます」

「他意はないですよぉ。本心ですからぁ」

 敏郎の答えと共に、瞭は遥に視線を送り小さく頷く。

「分かっています。……それでは失礼します」

 じっと二人を見渡し、遥は背を向けて歩いて行った。

「それでは僕も失礼します」

 内藤が意を決し口を開く。

「えーー。今内藤君に行かれたらぁ、こいつしか運転するやついないんだけどぉ」

 敏郎が情けない声を上げる。

「そうですか、今日は有り難う。君がいなかったらどうなっていたか」

 が、悲観する敏郎を無視し、瞭は笑顔で快諾すると、内藤に感謝の言葉を口にする。

「そうですか。僕も貴重な体験できました。それでは…………。遥さーーん!」

 少しでも多く遥の近くに居ようと、内藤は小走りで遥を追って行った。

「てめえ、チンタラ走ってたら、後ろから座席を蹴るからな」

 二人きりになり、素になった敏郎は、瞭に因縁をつける。

「飲んだら飲むな、飲むなら……」

 ゴンッ!!

「関係ない!」

 はぐらかそうと口にする瞭だったが、言い終えないうちに、敏郎に座席を軽く蹴られる。

「せめて言わしてくれよ……。ハーー、死にたい……」

 何故か気に入っている言葉を遮られ、気を落とした瞭は口癖を零す。

 たまに座席を蹴られ、パッシングやクラクションを浴びせられながら、瞭は何度も口癖を零し、車を走らせた。

 不必要な喧騒を撒き散らしながら、終局を見ることなく、二人は夜の街へと溶け込んでいった。