16 (血の抱擁)


原作者 無味無臭

                     ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

「まずは、どこから当たる」

 車に乗り込むと、瞭は敏郎に確認する。

「まずは容疑者の自宅にしようかと思ったが、止めようと思う」

「新たな犯行現場が記された地図が発見されたんだ。もしかしたら、手掛かりがあるかもしれないぞ」

「かもな。でも、それなら現場に残る刑事に任せればいい」

 何か思い詰めた表情で敏郎は語る。

「だな。そこの方が望みがあるだろう。気にせずに向かえ、俺がフォローする」

 敏郎の表情で目的地を読み取った瞭は、迷いを見せる敏郎の背中を押す。

「飛ばすぞ」

 望んだ返答を受け、抱く不安を一蹴した敏郎は、口元を緩め、薄ら笑いを浮かべた。

「今日だけだぞ」

 瞭も敏郎と同じ笑みを浮かべた。

 ラッラッラッララ♪ラララッラッララ♪

 と、瞭の携帯がなる。

「はい、須藤です。そうですか……わかった。そのまま捜査を続行してください」

 仕事場に向かわせた刑事から連絡を受けた瞭は、力なくそう指示すると、携帯を切り、敏郎に顔を向ける。

「容疑者の職場で、従業員一名が保護されたそうだ。その従業員は松田容疑者に眠らされ、気付いた時には、事情聴取に来ていた女性刑事と共に姿がなかったらしい」

「遥ちゃんだな……」

「しかいないだろうな……」

 数秒の沈黙の後、瞭は持っていた携帯電話で、高科に連絡を入れる。

「もしもし、須藤です」

「ああ、須藤警視!? こちらの首尾は上々です。やはり遺体が発見され、今鑑識が作業中です。遺体も既に搬送しました」

 高科は、逃げたはずの瞭からの電話に少々驚いたが、事後報告を入れる。

 明らかな、この異例の電話に、高科に嫌な予感が過ぎる。

「そうですか。でも、用件は高科さんの予感通り、別にあります」

「ですよね。でなければ、逃走した側から電話なんか掛けてこないでしょうから」

 テンションを急降下させながら、高科は力なく答えた。

「刑事が容疑者に拉致されました」

「……えっ!? 本当ですか」

 少し間を開けて、高科は答える。

「最悪、今日の夜、犯行に及ぶ可能性があります。出来るだけ早く発見したいので、早急に、割ける人員全てを動員して下さい」

「了解しました。で、捜索する場所は絞り込めますか?」

「拉致された場所は、おそらく容疑者の職場です。高科さんと斉藤さんは、まず、そちらに向かい、手掛かりを探って下さい。残りは二人体制で、都内の廃屋の捜索をお願いします。私はトシと病院へ向かいます」

 瞭は無表情で指示を出す。

「何かあれば連絡します。失礼します」

 高科はそう言うと、電話を切った。

「拉致されたのが遥ちゃんだと言わなくて良いのか?」

「親父にはまだ知らせたくない」

「同感だ。俺達は、いつも仇で返してしまう……」

 敏郎は表情には出さないが、悲しげな感情が声と目に宿っていた。

「俺達の存在自体が悪なのかもな」

 悲哀を声色に混じらせ、瞭は言った。

「かもな。だからといって死ねないしな。今は出来ることをするしかない。俺は太田さんに検問を張るように手配するよ」

 そう言うと、敏郎は信号で停車した隙に、ハンドフリーの準備を整え、太田管理官へと電話を掛ける。

「ああ……太田さんですか。早急に、容疑者の職場から、半径三十キロ以内の主要道路の検問をお願いできますか」

「……難しいが、出来うる限りで手配しよう」

 説明もなしに用件を告げる敏郎に、理由を問うことなく太田管理官は即答する。

「お願いします」

 敏郎は、電話越しに頭を下げて電話を切った。

「説明もなしに承諾して頂くとは、よっぽど信頼されているんだな」

「借りを返すと言っていたからな。良いと言ったのに、律儀過ぎるんだよ、あの人は」

「あの人はこれくらいの事で、借りを返したなんて思ってないよ。トシを信頼しているんだ。俺の前で、人の好意に気付かない振りをするのは止めろよ」

「分かっているよ。癖になってるんで、つい、してしまうんだ」

「やっかいな癖だな」

 瞭は、敏郎と知り合ったときに交わした言葉を思い出す。

『俺は人間不信者であり復讐者だから、他人と深く関わり合うのは御免だ。それに、俺と親しくなった人間は、皆不幸になる。それなら、人を遠ざける方が楽だろう。お前は俺と同じ匂いがする。だから特別だ』

「急に黙るな!」

 耽る瞭に気味の悪さを感じた敏郎は、怒鳴る。

「ああ、すまない……。トシは俺とは違い、もっと視野を広げ、人を信用する強さを身に付ければ、立ち直れると思うんだけどな」

「人を信頼する強さか……。俺達はどれだけ弱いんだろうな。まあ、俺が持つ根は深いことはお前は知ってる筈だ。弱すぎる俺には到底身に付かない……お前と同じで。お前こそ、花実ちゃんをもう一度受け入れれば、立ち直れる筈だろ」

「それを言うなよ……。まあ、俺は負けたクチだ。お前には是非勝ってほしいな」

 瞭は、成し遂げられなかった夢を託すような口調で言った。

「そうだな。考えておくよ……。っと、話の脱線はそれまでだ。目的地に到着だ。目の前のことに集中するぞ」

 緩んだ空気を引き締めるように、敏郎は強い口調で身を引き締める。

「そうだな。不安で現実逃避していたようだ」

 自分自身に言い聞かせ、瞭も気を引き締める。

 二人は軽く顔を見合わせると、小さく頷き、大袈裟ともいえる覚悟を決めて車を降りた。

 弊害となる、不安や迷い、怒りといった熱を帯びた感情を内面の隅に追いやると、空気を凍て付かせる程の冷静さを纏い、車を後にした。

 

「今日運び込まれた、沢田陽一の部屋を教えてもらえますか?」

 手帳を示し、瞭が看護士に尋ねる。

 看護士は、無表情から滲み出る重圧に気圧されながら、患者の所在を口にした。

「有り難う御座います」

 看護士にお礼を言うと、瞭と敏郎は近くのエレベーターへと歩き出した。

「聴取は俺がやる」

「感情を出さないなら任せるが」

 敏郎の目を見て、瞭は返答をする。

「周りに分からないように毒気を中ててやるよ」

 無表情の瞭の顔を冷たい表情で見つめ、敏郎はそう口にする。

「駄目だ。それなら俺がやる」

「冗談だよ。心配するな」

 常人には冗談とは思えない、冷たい表情のまま佇む敏郎を、無表情のまま見つめる瞭は辛うじて納得する。

 T字路の廊下を曲がると、十五メートル程先にある集中治療室の前で、沢田の妻と思われる女性と、担当医師と女性看護士が深刻そうな表情で会話をしていた。そして、その傍らに置いてある長椅子には、高校生であろう制服を着た女の子と、小学校低学年であろうランドセルを背負った小さな男の子が座っていた。

「すみません、被害者に面会したいんですが」

 二人は歩きながら手帳を示し、敏郎が口を開いた。

 その声に、一同は二人に顔を向ける。

「何を言っているんだ。患者は絶対安静だ」

 不謹慎な二人の刑事に、医師は怒鳴る。

「命に別状はないと聞いているんですが。何か問題ありますか」

 棘のある言葉で敏郎が挑発をする。

 そんな敏郎を、瞭は無表情で睨む。

「大ありだ! 命に別状はないだけで、酷く衰弱しているんだぞ」

「で、喋れないわけじゃないはずですが」

 尚も、敏郎は冷たく言い放つ。瞭以外の人間は、怒りを滾らせ敏郎を睨む。

「トシ、止めろ」

 瞭は敏郎を制すと、顔を看護士に向ける。

「ここからは、子供には聞かせたくありません。子供さんを連れて、席を外してもらえませんか?」

 少し優しい目をして、瞭は言った。

「そうして下さい」

 瞭の目を見て、少し安心した沢田夫人は、看護士に顔を向けて頭を下げる。

 医師も賛成らしく、看護士に子供を連れて行くように指示を出した。

 女の子は少し不満顔だったが、異質な雰囲気を持った刑事の目を直視してしまい気圧されたのと、瞭の言動に事の深刻さを痛感したのか、渋々従った。しかし、心配なのか、沢田夫人に顔を向けては立ち止まり、それを数回繰り返した後、ようやく、通路を曲がり、その先にある休憩室へと去って行った。

「本題に入りましょうか」

 それを見送り無表情になった瞭は、医師に顔を向ける。

「夫は深刻な状態です。お断り致します」

 医者ではなく、婦人が口を開く。

「深刻なのはこちらも一緒です」

「夫は被害者です。何故このような仕打ちを……」

 事の真相を聞かされていない沢田夫人は、涙を溜めて、瞭に訴える。

「被害者? フッ」

 敏郎は目に悪意を込めて失笑する。

「何が可笑しいんだ!」

 哀れむどころか嘲る敏郎に、医師が堪らずに怒鳴る。

「被害者には違いはないが、復讐されただけです。あの男にはそれだけの罪もありますよ」

「どういう事ですか?」

 悪びれることもなく言い放つ敏郎の言葉に、沢田夫人が不安そうに尋ねる。

「犯人はあなたの夫の息子ですから」

「え!? ……そんなの嘘です。他に子供がいるなんて、夫に聞いてません」

 沢田夫人は動揺し、体を震わせる。

 敏郎は、それに追い打ちを掛けるように、冷たい表情で犯人の経緯を語った。それに耐えきれず、婦人はその場に崩れ落ちた。

 医師は沢田夫人を抱え、椅子に座らせた。

「それが本当でも、無理なものは無理だ!」

 医師は沢田夫人を気遣い、声のトーンを落として怒鳴る。

「私達も深刻な状態でして。今朝、犯人の手に掛かり、女性の遺体が発見されました。そして、刑事が一人、逮捕に失敗して拉致されました。今夜か明日夜には殺されるでしょう。無理にでも聴取はさせて頂きます」

 瞭は、承諾を得る事無く、集中治療室へ入ろうとする。

「あなた達の立場も分かるが、私にも立場がある。これは明らかに違法捜査だ! こんな事は許せない! これ以上進めば出るところに出ますよ!」

 医師が瞭の前に立ち塞がって怒鳴る。

「どうぞご自由に。私は地位よりも、人命の方が大事ですから」

 無表情でそう言い放つと、瞭は医師を押しのけ集中治療室へと入る。

「人命が大事なら、沢田さんも同じでしょう」

 後に続く敏郎が、そう叫ぶ医者とショックで呆然とする婦人に顔を向ける。

「遊びで子供を作り、そして捨てる。虐待女と同罪だ。俺にはゴミ屑にしか見えないよ」

 そして、敏郎は冷たい表情に怒り込めて吐き捨てた。

 瞭は後ろから来る敏郎を沢田の前に行かせ、敏郎の後から追い縋る医者を制止させる。

「沢田さん。喋れますよね」

 冷たい口調で言い放った敏郎は、骨と皮としか形容できない姿に成り果てた、全てにおいて疲弊しきった沢田の姿をまじまじと観察する。

「ふあい……」

 瞭の外での会話、敏郎の侮蔑する言葉を聞いていた沢田は、教会で懺悔する罪人の様な目で、苦しそうに返事をした。

 そんな姿の沢田を目の当たりにしても、敏郎の冷たい目の色は微動だにも変化しない。むしろ、当然だと言わんばかりに不躾な態度も改めなかった。

 それを目の当たりにした医者は、恐怖を覚える。

 通常の人間であれば、たとえ、被害者が極悪人だとしても、このような惨状を目の当たりにすれば、動揺し、感情の起伏を見せるものだが、敏郎にはそれが微塵もなかった。それをさせないだけの憎悪を持つ、明白な証明だった。

「外での会話を聞いていましたか?」

「ふあい……」

「なら話は早い。あの男が向かいそうな場所、心当たりはないですか? もしくは犯行現場の予定地についてメモをとるとか、口遊ぶとか……」

「ひいえ……」

「よーく思い出して下さい。人命がかかっています。あなたの罪でもありますよ」

 冷ややかな視線に憎悪を込めて、敏郎が沢田を睨む。

「ひいいいいい……」

 その目を見た沢田は悲鳴を上げる。その目は、自分に拷問を加える、望んでもいない、存在していたことすら知らなかった、遺伝子だけの繋がりしかない、悪魔のような息子の視線だった。

「おい、患者が怯えているぞ!」

 我慢の限界を超え、真面目で実直な医師が、背中に負ぶさる悪寒を振り払うかのように、敏郎の背中に怒りをぶつけた。

 敏郎は、予想していた言葉にびくともせず、ただ立ち尽くしている。

 ラーラーラッララー♪

 緊迫した空気の中、敏郎の携帯電話が鳴る。

 マナーモードなり、電源を切るなりしないことプラス、決してアニメソングが悪いというわけではないが、この空気の中、人を茶化すように思えた医師は、怒りで理性が吹き飛びそうになる。

 敏郎はそれを肌で感じたが、気に掛けることなく電話を止め、更に沢田を凄みに掛かる。

「もう無理だな、俺が変わる」

 そう言うと、瞭が敏郎を下がらせ、沢田の前に立った。

 敏郎は譲ろうとしなかったが、瞭は遥を引き合いに出し、渋々下がらせた。

「もう一度だけ聞きます。事件に関係しないと思っていることなども含め、ほんの些細なことでもいいですから、気になったことはありませんか?」

 敏郎と違い、無機質で無表情な瞭に恐怖は感じたが、憎の感情がない分、気が楽になった沢田は、押し黙り、回想する。

「…………ほう言へは……ひかはに……よいほころを……ひふけはほ」

 呂律の回らない沢田は、は行を多用し必死に答える。

「で、その場所は?」

 じっと沢田を見つめる敏郎の横で、医師は首を傾げたが、瞭は理解し問い返す。

「はは(はい)……ひはは(近場)……はへほ(だけと)……ふふはいは(つぶやいた)……いがひは(いがいは)…………」

「わかりました。ありがとうございます。もし、何か思い出したなら連絡を下さい」

 瞭はそう言うと、憎悪を浴びせ足りない敏郎の腕をとり、病室から出る。後ろから怒りの視線を二人に浴びせながら、医師もそれに続く。

「またお伺いするかも知れませんが、今回はこれで失礼します」

 瞭はそう言うと、医師と沢田夫人に一礼して歩き出す。敏郎も軽く会釈する。

「次はない! 今回のことは問題にさせて頂く」

 医師は、瞭と敏郎の背中に怒りの言葉をぶつける。

「沢田さんは、拒否しているようには見えませんが」

 振り向きもせず、瞭は答える。

「これは、主治医としての判断だ」

「出るところに出ると言うことですか」

 瞭は振り返り、無表情で医師を見つめる。

「そう言うことだ」

「と、なれば、沢田さんと犯人の繋がりが世間に知られてしまいますよ。私としては、救いたい命を救えれば、職を失うことは怖くないのですが、婦人のお子さんは、世間から、一生、殺人犯の兄弟としてレッテルを貼られることになりますよ」

 瞭は、医師の横に座る沢田夫人に目を向け、無機質に言い放つ。

「刑事が脅すのか!」

「わかっていないな。忠告ですよ。訴え出るのは貴方達の勝手ですが、問題にすれば、その因果関係は避けては通れない。俺達は、刑事という職業に固執していないから、大したリスクではないですが、貴方達にとってはハイリスクだ」

 瞭より先に、敏郎が口を開く。

「沢田さんが知らなかったんだ、戸籍にも入ってない男との親子関係をどう証明する」

「問題になればDNA検査をしますよ。この取り調べの必要性を訴える為に。因みに、まず間違いなく二人は親子です」

 敏郎が異質な眼光で医師を見つめる。

「ぐ…………」

 敏郎の確信に満ちた眼の迫力に押され、医師は押し黙る。

「それでは失礼します」

 二人は反論がないので歩き出す。

「最後に一つ聞きたい。鈴木刑事は、沢田さんに恨みでもあるのか」

 医師は、最後まで異常なまでに威圧的だった敏郎の態度に納得がいかず、遠ざかる敏郎に言葉をぶつけた。

「ナタク……先に行ってろ。黙らせてくる」

 敏郎はそう言うと、上着を瞭に渡し、戻っていく。

 通路を曲がる瞭の視界の片隅には、袖を捲り、ジェスチャーを交えて言葉を投げる敏郎と、それを受け止め、眼を見開く医師が写り込んだ。

 要件の済んだ敏郎は、服装を整えながら、目に異常な輝きを灯したまま、瞭の後を追う。

 通路には、夫の過去を聞き、現実に打ちのめされ憔悴した沢田夫人と、敏郎に打ちのめされ、怒りを失い、斜め下方に俯き、眉間に皺を寄せて眼を瞑り、握り拳で悲哀する医師が取り残された。