14 (血の抱擁)


「こんにちはぁ、鈴木ですぅ。」

「ああ君か。で、用件はなんだね」

 電話を受け取った太田管理官は、温厚な声色で返事をする。

「はいー。犯人が判明しましたぁ」

「本当か?」

「はいー。それも驚くことにぃ、僕の事件とぉ、ナタクの事件の犯人がぁ、同一であるというー、結論が出ましたぁ」

「!…………」

 太田管理官は、驚きで数秒間時間を止める。

「聞こえてますかぁ」

「ああ、すまない。驚きで言葉が出なかったよ。それは冗談ではないのか?」

「いいえー、事実ですぅ。ナタクが目をつけた容疑者の家に部下を派遣しぃ、そこでぇ、物的証拠も見つかりましたぁ。そしてぇ、新たな現場らしき地図も発見されぇ、ナタクが早々に刑事を手配しましたぁ」

「では、私の出番は無い様だな。連絡をくれて感謝する」

 悲観することも、怒りを滲ませることもなく、太田管理官は、電話越しに敏朗に頭を下げる。

「こちらこそぉ、すいませんー。ナタクとぉ、事件の情報交換をしていてぇ、導き出した結論ですのでぇ、犯人に近い位置にいたぁ、ナタクにぃ、先を越される形になりましたぁ」

「いや、君には感謝している。新たな被害者を発見出来た功績は、君が名乗り出ないお陰で、私に与えられている。それだけで十分だ」

「そう言って頂けると助かりますぅ。同じ件を追う以上、あなたに手柄を取って欲しかったんですがぁ……。しかしぃ、犯人はぁ、姿を見せていませんのでぇ、ナタク側に分がありますがぁ、まだ誰も手柄は手にしていませんー。競争は続いてますぅ。情報を流しますのでぇ、がんばってぇ、手柄を掴んで下さいー」

 敏朗は、太田管理官に自分の持つ情報を伝えた。

「礼は必ずさせてもらう。忘れないでくれよ」

「いいですよぉ、そんなことはぁ……。うんー、電話が切れてるぅ」

 本来、念を押される側の太田管理官は、念を押して敏朗に言うと、返事も聞かずに電話を切った。

「相変わらず、人に貸しを作るのが嫌いなようだな。いつも逃げるんで、今回は太田さんが逃げたようだ。ハハハハハッ」

 情けない声を出す敏朗を見て、瞭は笑う。

「当たり前だ! 俺は人間不信者だぞ。目的以外に、あまり人とは係わり合いたくないんだよ」

 少しテレを交え、敏朗はムキになる。

「では、手柄なんか譲らなければいい」

「あの人はキャリアでは珍しく、純粋に、正攻法で上を目指す人だ。俺はあの人には出世して欲しいと思っている。俺は俺の信念で勝手に手を貸しているだけだ。感謝される謂れは無い」

「その気持ちが嬉しいから、お前の行為に礼がしたくなるんだよ。太田さんは、真面目な人だから、礼をすることに対して裏はないぞ」

「分かっているよ、そんなことは……」

「それなら少しくらい、人を信用する事も覚えたほうがいい。狭い世界に住むトシにとって、それだけでも世界が開けるはずだ」

「お前に言われたくないよ。おまえも同類だろう」

 自分を棚を上げ、偉そうに説教をする瞭に腹が立ち、敏朗は言い返す。

「俺は相手の気持ちを考えて、法に反しない限りは、礼は素直に受ける。もちろん、裏のある人間からも。だからといって、懐柔はされないし、便宜も図らないけどな」

 瞭は余裕で受け流す。

「そういうことじゃない。お前だって、人を信じちゃいないだろう。お前も世界が狭いと言っているんだ」

「それを言っちゃー おしめーよ!」

「寅さんで誤魔化すな!」

「って言うか、俺は信用しないんじゃない、懐に入り込まないようにしているだけだよ。俺のことはどうでも良いだろう。お前の話をしてるんだ。それに、俺は良くても、トシは良くないんだよ。お前は極少ない親友だからな」

 瞭は、恥ずかしげも無く、真面目な顔で自己中心的な言葉を口にする。

「同じようなもんだろ。自分勝手な野郎だな。ソックリそのままお返しするよ」

 聞いていた敏朗が恥ずかしくなり、言葉にクレセントをつけながら言うと、アホらしくなって引き下がった。

「付き合ってられん。緒方さんに電話をするか」

 敏朗は緒方に電話を掛ける。

「はい、緒方だ」

「鈴木ですぅ」

「おお、捜査本部から連絡が入っているぞ。犯人が割れたそうだ。暗礁に乗り上げたところでの急転直下だ。情報元は明かされていないが、俺はお前のお陰だと思っている。どうだ」

 緒方は事件の終焉を感じ、機嫌よく核心に近い推論を口にする。

「どうでしょうー。皆で同じ目的に向かって動いているのでぇ、皆のお陰だと思いますよぉ。それよりもぉ、事件の真相が解明された時点でぇ、遥ちゃんの役目が終わりましたのでぇ、お返ししましたぁ。既に捜査に加わっていると思うのでぇ、よろしくお願いしますぅ。有難う御座いましたぁ」

 敏朗は、後々の事を考え、もっともらしい事を口にして緒方の好感度を上げると、遥のことを告げる。

「それはおかしいな。長谷川から連絡はないし、見かけてもいないぞ? それは本当か」

 敬遠され、緒方以外にペアを組めない遥は、捜査に戻る以上、緒方に連絡を入れる筈であったが、それが無い為に、緒方は怪訝な面持ちになる。

「おかしいですねぇ。分かれてからぁ、かれこれ三時間程になりますぅ。」

 敏朗は、数秒間思案を巡らすと、別れ際の一言を思い出して続ける。

「そう言えばぁ、寄るところがあるとぉ、言っていましたぁ」

「そうか……。しかし、少し妙だな。長谷川は生意気だが真面目だ。捜査中に、連絡もなしに他事をするとは思えん」

「ということはぁ、どう言うことでしょうー」

 首を傾げ、敏朗は緒方の考えを尋ねる。

「身内に急な不幸があったとか、気持ちが急いて、一人先走り、単独で捜査に当たっているか。まあ、後者が有力だな」

 緒方はいつもの遥を思い出し、後半は、苦笑と呆れを交えて言った。

「いやな予感がするな」

 二人の会話に聞き耳を立てていた瞭が、敏朗に言うでもなく、独り言のように真面目な顔で言った。

「まさか!?…………」

 その呟きを耳にした敏朗は、遥と別れる前に感じた、幾つかの点在する疑問を線で繋げる。

「どうした!」

 ただ事ならぬ敏朗の叫びと、その後の沈黙が気になる緒方は、声を荒げて敏朗を呼ぶ。

「いいえ。こちらの話です」

 敏朗は、親しき人間を失った忌まわしき過去の記憶を呼び起こし、普段のだらしなさを装う余裕を失うと、しっかりとした口調で緒方に答え、激しく動揺する。

 滅多に見られない敏朗の動揺振りを目の当たりにした瞭は、その重大さを察知する。

「トシ! 代われ。俺が話す」

「黙ってろ! ナタク! これは俺のミスだ! 他人に手を借りるわけにはいかない!」

 人間不信者の敏朗は、他人からの協力を拒み、瞭に怒鳴る。

「そんな事言ってる場合か! それに、気付かなかった俺のミスでもある。あんな思いはもうゴメンだ……」

 怒鳴られた瞭は、敏朗と同じ過去を脳裏に浮かべながら、必死に食い下がった。

「分かった……」

 瞭の熱意ある眼光とその言葉に、敏朗は渋々携帯電話を瞭に渡す。

「もしもし、見苦しい会話をお聞かせして申し訳ありません。私は警視庁の捜査二課理事官で、須藤と言います。よろしくお願いします」

 瞭は、事態が読めずに声を荒げる緒方の声を遮り自己紹介をする。

「緒方警部補だ。知っている。こちらこそよろしく頼む。それより、二課の理事官が何故?」

 少し怒気を孕んでいたが、緒方は瞭の口調に合わせ、冷静を装い答える。

「話せば長くなりますから、用件だけ言います」

「分かった」

 瞭の口調で、急を要する事態だと察知し、緒方はあっさりと受け入れた。

「長谷川警部補は、単独で犯人を捕えに行った模様です。時間経過から見て、犯人の居場所が掴めないか、最悪、犯人に捕まった可能性があります」

「状況は分かったが、疑問がある。長谷川は確かに優秀だが、お前達のような天才を出し抜けるとは到底思えん。しかも、この種の事件のエキスパートである二人が相手だ。考えられん」

 今度は少し声を荒げ、爆発しそうになる怒りを必死に抑えながら、緒方は疑問を口にする。

「僕達より早くそれに気付いた人間が、僕らに気付かれないように彼女に教えました。私達の痛恨のミスです。申し訳ありません」

「誰がだ!」

 怒りを抑えられずに、緒方は叫んでいた。

「柳沢廣……」

「バカヤロー! なんてモンに引き合わせるんだ……。あの野郎に面会している刑事がいると聞いてはいたが、まさか、お前達だとはな! 遥になにかあれば、長谷川に合わせる顔がなくなるな……」

 柳沢廣一と知り合いかのように叫んだ緒方は、親友であり、娘を託した男に対して罪悪感を感じ、唇を噛み締める。

「申し訳ありません……」

 奇妙な繋がりに引っ掛かった瞭ではあったが、急を要す為、謝罪を口にする。

「謝罪はいい! 今すぐ動けそうな奴を連れて、こちらはこちらで動かせてもらう。お前達も捜索に向かえ!」

 ベテランらしく、緒方は気持ちを瞬時に切り替え、すぐ行動に移す。

「分かりました。よろしくお願いします」

 携帯電話越しに、瞭は面一杯の感謝を込めて頭を下げた。

「そういうことだ。トシ! 今までの情報から、犯人の手がかりがありそうな場所を徹底的に洗うぞ」

「もうしてるよ。遥ちゃんは犯人が求める人物像にマッチし過ぎている。対面を果たせば、百%標的にされるだろう」

 敏朗はそう言うと、準備を終え、扉に向かう。

「そうだな。それに、遥ちゃんはあの男を甘く見ているだろうから、その確率に近い可能性で、捕獲されるだろう。あの男は、女手一つどころか、男手二つですら捕えられるかどうかだ」

 瞭はそう切り返すと、今まで溜め込んだ情報を脳裏に並べ、敏朗に続いた。

「時間の勝負だ。車の運転は俺がするからな」

「仕方がない。今回限りは目を瞑るよ」

 それを最後に、二人は自分の世界に浸ると、車までの数分間、口を閉ざした。

 二人は足音だけを響かせながら、黙々と部屋を後にした。