11 (血の抱擁)


 原作者 無味無臭

                     ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

「えっ?! 何故ですか?」

 一人の人物について調査を依頼された高科は、驚きで声を上げる。

「あの中で一番引っかかったのは、あの人だけです。しかし、あの中に犯人が居ると決まったわけではありません。あくまで疑わしいというだけです。他の人間は百パーセント白でしょう。それだけは断言できます」

 瞭は、頭に?マークを浮かべる高科に対し注釈を入れる。

「いつもの勘ですか?」

「はい。ほんの一瞬ですが、あの人が僕に向けたあの視線、明らかに警戒心が現れていました」

 真剣な面持ちで回想し、瞭は鋭く答えた。

「しかし、突然刑事が来たら、誰でも警戒はしますよ。下手なこと言って疑われたくないですから。警視の考え過ぎではないでしょうか?」

 経験からの見解を口にし、高科は反論する。

「そういう見方も出来ますが、あの視線は、そういった自己防衛ではなく、こちらの真意を覗こうとするものでした。引っかかりませんか?」

 自らの見解を口にし、瞭は逆に高科に質問する。

「そう言われると困ります。僕はそういった視線を受けませんでしたから。何故僕ではなく、駄目刑事の警視に目を向けたんですか?」

 高科は、また質問で返す。

「高科さんは、聴取をするだけの感覚でいたからでしょう。僕の場合、気付かれないように、彼らの動向に重点を置いて観察していましたので、それに気付いたのだと思います」

「もしそうなら、容疑者は何らかのアクションを起こすのではないでしょうか」

 瞭の言う人物に何も感じなかった高科は、不満顔で答える。

「あの人は、疑念を抱いただけです。その証拠に、その後は何の変化もありませんでした。まあ、犯人ならば、疑念を抱いた時点で他の土地に移ろうと考えたでしょうが、今動けば疑惑を持たれることも承知しているでしょう」

「それまで待ってから、容疑者かどうかの判別をするんですか?」

 容疑者への不満と、直ぐに動けない不満を、高科は瞭にぶつける。

「いいえ。今の段階だからこそ、あの人の嫌疑を判別するために、過去を調べる必要があるんです」

「あっ!」

 不満から、話に熱中しすぎて話の起こりを忘れていた高科は、目から鱗が落ちたような顔をする。そして、罰が悪そうに苦笑いする。

「情を持つことはいいことですが、時として、真実を遠ざけます。客観性を重視する刑事という仕事においては致命傷ですよ。高科さんは、情が強すぎるので、もう少し抑えたほうがいいですね」

 高科の真意を読み取り、瞭は言った。

 高科は容疑者に成りうる人達に親近感を持ってしまい、疑うことが出来ずにいた自分を反省した。悪い癖が出たことで、瞭の言葉が身に沁みる。

「それでは、手配してきます」

 少し間を置き、高科は項垂れながら部屋の扉へと歩き出した。

「よろしくお願いします。あと、僕はこの後用事がありますので、少し外出します」

「どちらへ? 私の仕事は警視のお供なので、直ぐに戻りお供します」

 元気無く高科は答える。

「別によろしいですが、先生の所ですよ」

「ええっ! そうなんですか! それなら遠慮しておきます。それでは、お帰りになるまでには、調査結果をデスクに置いておきますので」

 瞭の言葉に、その人物を思い浮かべた高科は、恐怖の顔を浮かび上がらせ、逃げるように部屋から出ようとする。

「あっ! 待ってください!」

「何ですか?」

 顔を引き攣らせながら、高科は振り返る。

「もし不振な点があれば、数人の刑事を連れて、そのまま自宅に赴き、家宅捜索してください。後のことは、僕が責任を持ちます。何か見つかれば、もちろん僕の携帯に連絡は入れて下さいね」

「はい! 分かりました」

 高科は瞭の言葉に目を輝かせ、逃げる様にではなく、興奮して走り去って行った。

「ハー。今注意したばかりなのにな。疲れるなあ……。ハー、死にたい」

 瞭は、いとも簡単に感情に流される高科を見て、大きく息を吐き出すと、椅子の背もたれに体重を乗せて静かに天井を眺める。そして、最後に口癖を呟いた後、数分間天井を仰ぎ続ける。

 視線だけを横にずらし、時計を見た瞭は、『先生』こと『柳沢廣一』に会いに行くため時間を確認する。まだ時間に有余があったので、瞭はそのままゆっくりと眼を閉じた。

 事件の終点までの、唯一の休息時間が静かに流れて行った。

 

 施設の近隣で待ち合わせをしていた敏郎と遥は、対照的な顔色で対面を果たし、遥の車へと乗り込む。

「大丈夫ですかぁ? 目が赤いですよぉ。仕事が忙し過ぎてぇ、恋人にでも振られましたかぁ」

 敏郎は寝不足で目の赤い遥を見て、セクハラにも当たる、不謹慎な言葉を口にする。

(あなたのせいです!)

 本音と怒りを押し殺し、

「いませんし、寝つきが悪かったのが原因です」

 引き攣った笑顔で遥は答える。

「僕はぁ、一仕事終えてぇ、枕を高くして寝れましたぁ」

 敏郎は眠気のない澄んだ目を遥に向ける。

「そうですか。それにしても、なんだか楽しそうに見えますね」

 切れそうな堪忍袋の緒を必死で取り繕い、遥はいつにも増して楽しげな敏郎に尋ねる。

「そう見えますかぁ。先生に会えるからでしょうねぇ」

 連続殺人犯を先生と呼び、敏郎は無邪気に笑う。

「前々から思っていたんですが、何故、殺人犯を先生と呼ぶんですか? ものすごく不快ですし、刑事であるあなたが口にすることで、重大な問題になりかねません」

 遥は率直に感想を口にする。

「命の恩人であり、十数年教えを受けてきた人が……その人が犯罪者だからといって、簡単に呼び捨てに出来ますか?」

 語尾を延ばさず敏朗は語る。

「どういう意味ですか?」

「言葉通りですぅ。許せないこともありますがぁ、今僕がこうしていられるのはぁ、先生のおかげですぅ」

 敏郎は見せたこともない真剣な眼差しで答えたが、照れ隠しの為に口調を戻す。そして、目を見られたくないのか、外の景色に目線を移した。

「……私達の仕事は、そういうものだと思います」

 遥は敏郎が垣間見せた本心に心を擽られ、言葉を詰まらせながら、強い口調を和らげた。

「でしょうねぇ」

 そんな遥を横目に、仮面が外れていることに気付いてはいたが、未だ感情のコントロールが不完全な自分を恥じ、敏郎はいつものだ
らしない顔に戻ると、ヤル気のない口調で呟いた。

「須藤警視もそうなんですか?」

 いつも通りの敏郎に戻ったことで、質問しやすくなった遥は、瞭のこともついでに尋ねる。

「あ~、もしかしてぇ、ナタクに気がありますぅ。駄目ですよぉ、あいつにはぁ、花美ちゃんがいますからぁ」

「違います! 警視も『先生』と呼んでいたので」

 花美という女性のことも気になったが、本筋を優先し、遥は切り返す。

「あいつはぁ、小学校の終わり頃からかなぁ。ある事件をきっかけに知り合ってぇ、先生にカウンセリングを受けたときからですぅ」

 懐かしそうに敏郎は語る。

「カウンセリング?」

「詳しく俺から言うと問題だからぁ、気になるならぁ、あいつに聞いて下さいねぇ。そのことになるとぉ、怖くなるのでぇ、聞かないほうがいいですがぁ」

 遠まわしに話をシャットアウトすると、敏郎は、笑顔を遥に向ける。

「意地が悪いですね」

 確認できないことと知りつつ、意味深な言葉を交えて語った敏郎に意地の悪さ感じ、遥は睨む。

「からかい甲斐があるんですよねぇ。長谷川親子はぁ」

「どういう意味ですか!」

 前半の言葉よりも、父親と同類視されたことに腹を立て、遥は怒鳴る。

「あっ、そこを右折して下さい」

 突然言われ、遥はそれに従う。

「はー、びっくりしたぁ」

 わざとらしく言い、遥の怒りをかわした敏郎は、出てもいない額の汗を右腕で拭う。

 それだけの為に急ハンドルを切らした敏郎に呆れ果て、遥は追求を断念した。

「で、どうすればいいですか?」

 屈強な警備員に守られた大きな門の前で車を止め、遥は敏郎に尋ねる。

 すると、二人の警備員が車に近寄ってきた。

「ここは立ち入り禁止区域です。関係者以外は、立ち入りが禁止されていますので、お引取り下さい」

 警戒心を露にしながら、警備員の男は重要な情報を口にしないよう、丁重な言葉遣いでウインドウを開けた遥に話し掛ける。

「僕の付き添いですぅ。遥ちゃん、手帳を出して下さいー」

 敏郎はウインドウを下ろし、もう一人の警備員にそう伝えると、遥に指示を出す。

「ご苦労様です」

 異常に対処できるよう、一歩引いて様子を伺っていた別の警備員の男は、敏郎の顔を見ると挨拶をする。そして、遥に話しかけた警
備員の男は、遥の手帳を入念に確認する。

「どうぞ、お入り下さい!」

 無線で門の開閉を指示し、警備員の男は車を入り口へと誘導する。

「ありがとうございますぅ。警備のほう頑張ってくださいー」

 敏郎が笑顔で挨拶すると、警備員の男達は一礼して車を見送った。

 同じように残り二つの門を潜り、ようやく施設の駐車場に辿り着いた二人は、車を降りる。

「流石に厳重な警備体制ですね」

「凶悪犯罪者の巣窟ですからねぇ」

 緊張感なく敏郎は答える。

「家族が面会したいと言ったときにはどうするんですか?」

「アポさえ取ればOKですぅ。まあ、そういった特異な家族はぁ、今のところいませんがねぇ。危険な場所でもありますからぁ。しかしぃ、彼らにも人権がありますからぁ、公判が控えている人間にはぁ、弁護士が会いに来ることはありますねぇ。ほとんどが国選弁護士ですけどねぇ」

「仕事とはいえ、弁護士も大変ですね」

「ほとんどがぁ、怯えて帰って行きますからぁ」

 笑顔で敏郎は答える。

「警視は平気なんですか?」

「どちらかというとぉ、僕はそちらよりですからねぇ」

 敏郎は冗談っぽく返答をする。

「そうですね……。っと、急に何ですか?」

 それが冗談に聞こえない遥は苦笑して答えると、突然、扉の前に立ち止まった敏郎の背中にぶつかる。

「先生の場合は、特殊危険人物指定されているので、特別な用件以外は危険が伴うため、面会室での対面ではなく、独房での対面になります。最も警備が厳しく、一番深い場所に独房が置かれているので、辿り着くまでに、幾つもの独房の前を通りますから、気を抜かないようにお願いしますね」

 扉を前に、初めてこの施設に訪れる遥のためにスイッチを入れた敏郎は、異常な光を帯びた眼を遥に向ける。

 その眼と言葉で、抜けかけていた緊張感が遥の全身を覆う。

「分かりました。気持ちを切り替えます。行きましょう」

 鋭い眼光で遥は返事をする。

「では、入ります」

 強い緊張の糸を張り、敏郎と遥は施設に入る。

 遥は施設内に充満する異常な臭気を肌で感じ、敏郎が施設に入る前に気持ちの切り替えを要求したことが、身に沁みて理解できた。

 殺人現場など、殺意や憎悪の念が残る場所には、このような臭気が少なからず漂っている。

 この場所は、まさにそういった負の念の集大成ともいえるほど、濃度の高い臭気に包まれていた。

 施設に入ると、連絡を受けた男性と女性の警備員がボディーチェックを行い、金属探知機の中を通る。そして、警備員により検査の
終えた持ち物を受け取る。

 二人は警備員に軽い挨拶を交わして歩き出した。

「凄いところですね……。警視の忠告がなかったらと思うと、ゾッとします」

 少しでも気を抜いたら、気が滅入りそうな異質な空間に、遥は身を震わす。

「物事は最初が肝心ですから。まあ、遥ちゃんが敏感過ぎるのもあるんでしょうね。普通の人は、もう少し鈍感ですから、そこまでの反応は見せません。ここで働ける者の大半は、良い意味で鈍感な人間でしょう」

 施設で働く人間を見渡し、遥は首を傾げる。

「そうでしょうか?」

 肌で感じる恐怖感で、全ての人間が異常者に見えてきた遥は、素直に口を開く。

「中には多少敏感な人間はいるでしょうが、遥ちゃん同様、精神がそれ以上に強く、この場所を好んでいる人間です。そのほとんどが、精神科医ですけどね。その点、遥ちゃんは精神科医に向いているのかも知れませんね」

「この場所で、しかも、凶悪犯罪者や異常犯罪者の精神鑑定ですよね。ゾッとします」

「ここにいる大半の精神科医は、一般的な精神科医とは一線を画します。そういった人間の精神構造を解明することに魅入られ、仕事はついでにしか思っていません。正確に言えば、精神が強いのではなく、異常なんでしょうけどね」

「要はミイラ取りがミイラに成りかけているということですね」

「まあ、半分はそうですが、ミイラにはなり得ないと思います。求めるものは犯罪ではなく、あくまでその心理分析にありますから」

「その為に人を殺したいと思うのかも知れませんよ」

 場の毒気に中てられたのか、長時間敏郎と行動してきたせいなのか、遥は顔色一つ変えずに言った。

「確かにぃ! 一本取られましたねぇ」

 場の雰囲気に馴染んだ遥を観て、いつもの語尾を延ばす口調に戻ると、敏郎は少し驚いた顔で楽しそうに言った。

「でもぉ、遥ちゃんの口からぁ、そういう言葉は聞きたくないなぁ」

 敏郎は冗談っぽく言葉を続け、回りくどく、場に染まる遥に忠告する。

「はっ!……そうですね。警視の様にはなりたくありませんので」

 敏郎の言葉で自分の異常に気付いた遥は、気を引き締め直し、冗談で切り返した。

「遥ちゃんはぁ、こちらの世界は似合わないのでぇ」

「肯定するんですね」

「ハハハッ。僕の場合はぁ、毒気に中てられる方ではなくてぇ、中てるほうなのでぇ。遥ちゃんにもぉ、影響が出ているようですねぇ。申し訳ありませんー」

 敏郎は悲観する様子もなく、笑顔で語る。

「…………」

 遥は、少し伏目になり無言で返した。

「すいませんー。開けてもらえますかぁ」

 敏郎は、正面にある、屈強な鉄格子の横に設置された画像付の内線機器で、管制室に連絡を取る。

 管制官は映像で敏郎を確認し、天井に設置された監視カメラで、二人を俯瞰する。

「どうそ、お入り下さい」

 管制官の声とともに作動音が鳴り、鉄格子の扉の錠が外れ、自動的に、重々しく扉が開く。

「行きましょう。先生はこの通路の一番奥です」

 更に強い毒素を含んだ空間に足を踏み入れた瞬間、恐怖で足が止まった遥は、気持ちを奮い立たせ、口調以外、表情一つ変えずに歩く敏郎の後ろ姿を見つめる。

 その恐怖の中、一抹の好奇心を孕む異常な感情を受け入れる覚悟をした遥は、敏郎の後に続いた。

 数分後、遥にとって、一生かけてでも理解することの出来ない、怪物との対面が実現する。