10 (血の抱擁)

 


原作者 無味無臭

                     ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

「直接パソコンにデータが届くんですか。肩書きも伊達ではないんですね」

 皮肉も込めて感心すると、遅い昼食であるコンビニ弁当をテーブルに置き、遥は敏郎に話しかける。

「僕のぉ、七つ道具の一つですぅ」

 冗談っぽく敏郎は答える。

「で、鑑識の結果から何か分かりましたか」

 その日の夜に届いた、鑑識の結果が映るパソコンの画像を眺め、敏郎は遥の質問に耳を傾ける。

「被害者の死亡推定時刻が、四年程だと分かりました」

「それだけですか?」

「うーん……どうやらぁ、この現場写真を見る限りぃ、風化が酷くて正確なことは言えないですがぁ、こちらでの犯行と同じでぇ、特に変化はありませんねぇ」

「そうですか。進展なしですか……」

 遥は残念そうに答える。

「進展が無いわけではないですぅ。凶器らしき金属片が見つかっていますぅ。それにぃ、まだぁ、全ての鑑識が終わったわけではないのでぇ」

 敏郎は遥を励ますように微笑みかける。

 繰り返し、鑑識の結果を見直し続ける敏郎の背後から、食事も忘れ、遥も画像を覗き込んでいた。

 ラ~ラ~ラッララ~♪

 突然、敏郎の携帯電話の着信音が鳴り響く。 またもや、どこかで聞いたことのある、アニメの主題歌に、遥は拍子抜けする。

「もしもしぃ、何か新しい発見でもありましたかぁ?」

 敏郎は電話の相手に問い掛ける。

「はい。それがですね、遺体の傍に落ちていた、錆びた金属片についてですが……」

「あぁ、送ってもらったデータでぇ、それは確認していますぅ。その正体が分かったんですねぇ」

 敏郎は、満足げに口元を緩める。

「はい……。長谷川警部補は居ますか」

「居ますよぉ。分かりましたぁ、代わりますぅ」

 敏郎は笑みを零すと、男の要求を読み取り、簡単に受け入れた。

「ありがとうございます! 鈴木さん!」

 テンションが急激に上がり、その男は大声で喜んだ。

「誰ですか?」

 遥は差し出された携帯電話を怪訝な顔で受け取ると、敏郎に尋ねる。

「出ればわかりますぅ」

 そう言われ、遥は恐る恐る電話に出た。

「おはようございます! 内藤です!」

「おはようございます……何か用ですか?」

 聞きたいことは山ほどあったが、とりあえず、遥は用件を尋ねた。

「金属片の鑑定結果を報告したく、代わって頂きました」

「それなら、警視のほうがでよろしいのでは?」

「駄目です! あなたと話をさせてくれると言われたから、僕は兵庫まで来たんですから。出来るだけ多く、長谷川警部補と話をしないと意味が無いんです」

 半ストーカーと化している内藤に引いてしまった遥は、苦笑すると、意味も分からず返答をする。

「はあ。では……では、報告をお願いします」

 その表情が見えない内藤は、テンションの高い返事で話し始めた。

「はい! 遺体の傍に落ちていた錆びた金属片は、カッターナイフの芯だと分かりました。白骨化した遺体の首の骨に、損傷した形跡がありましたので、まだ正確なことは解らないんですが、そこに刃が当たり、折れたのだと思われます」

「だそうです」

 遥は内藤の大声に顔を顰めながら、大きく漏れた声を聞き取る敏郎に顔を向けて言った。

「ありがとうとぉ、伝えて下さい」

 遥は頷き内藤にそう告げる。

「どういたしまして。で、あとは、どんな話をしましょうか……」

「特にありません」

 遥と会話を続けたい内藤は、間を空けずに、間の抜けた言葉で遥に話し掛ける。

 遥は冷淡に却下すると、電話を切った。

 ラ~ラ~ラッララ~♪ラ~ラ~ララッラッララ~ララ~ララ~♪

 透かさず敏郎の携帯電話が鳴るが、遥はそのまま敏郎に電話を渡す。

「まだ何かありましたかぁ?」

 番号を確認し内藤だと分かると、敏郎は意地悪く言った。

「無いですけど、長谷川警部補と話がしたいんです!」

 敏郎は、横目で遥を見て、電話に人差し指を向ける。

 遥は苦笑いすると、オーバーアクションで首を横に振り、更に強調するべく、右手を顔の前で大きく振った。

「遥ちゃんはシャイなんでぇ、急き立てても駄目ですよぉ。逆に嫌われたら大変だからぁ、また今度の機会にして下さいー。ではぁ、何か分かったらぁ、連絡下さい」

「そうですね。つい焦ってしまいました。気を使って頂き、ありがとうございます。それでは、長谷川警部補と話すために、鑑識のほう、全力を挙げて取り組みます。よろしくとだけ、お伝え下さい。それでは」

 敏郎に謝意を述べ、個人的且つ、最低な理由でモチベーションを上げると、内藤は電話を切った。

「意地が悪いですね! 嫌がっているじゃないですか! はっきりと断わって下さい!」

 敏郎の思わせ振りな返答に腹が立ち、遥は声を荒げた。

「えー、それはぁ、この件が終わるまで無理ですぅ。彼はぁ、いつになく働きがいいのでぇ、もう少しの間ぁ、遥ちゃんを利用したいんですぅ。少しでもぉ、彼に良い夢を見せてあげたいですしぃ。そんなに嫌ならぁ、直接本人に言って下さいー」

 目的のためなら、人の気持ちを手のひらに乗せ、それを悪びれも無く言葉にする敏郎に呆れ、遥は溜息とともに、意欲も吐き出す。

(人を信用しないこの人は、そこまで深く考えていないだろうな)

 怒りを覚えながら、何故か、その一方で哀れみを感じる遥は、心の中は以外にも冷静だった。

「ハーー、もういいです」

 それでも疲れを感じ、遥はそう口にする。

 一日の終わり際に、重度のストレスを背に乗せられ、遥はソファーに座り込んだ。

 そんな遥に罪悪感を覚えるはずもなく、敏郎は、子供のように、組み上がっていくパズルを目の前に、嬉々として喜んでいた。

「そんなに人を利用することが面白いですか?」

 座ることで、だんだん意欲を回復し始めた遥は、別の意味の笑顔と知りつつ、人の気持ちを嘲笑うかのように見えてきた敏郎の笑顔に苛立ちを覚え、因縁を付けた。

「えっ? 何のことですかぁ」

 当然の如く、敏郎は不思議そうな顔で平凡な言葉を口にする。

「いいえ、私の独り言です」

「それにしてはぁ、大きいですねぇ。遥ちゃんはぁ、綺麗なんだからぁ、難しい顔よりもぉ、笑っていたがいいですよぉ」

(殺人事件の捜査で笑っていたら、不謹慎でしょう!)

 煮えきる思いを腹の中で堪えて、

「それは私が判断します。それよりも、話を中断させた私が言うのは何ですが、話を本筋に戻しませんか」

 素っ気なく、遥は無表情で答えた。

「そうですねぇ。捜査も佳境に入りますしぃ」

「と、言いますと」

 敏郎の突然の言葉に遥は反応する。

「物的証拠が見つかったということです」

 眼に怪しい光を漂わせ、敏郎はスイッチを入れる。

「それだけで……ですか?」

 その眼に見つめられることで、背中に悪寒を感じながら、遥は平然を装い質問する。

「はい。これまでのデータから、大凡な人物像を分析できます」

 遥への目線を逸らさずに、敏郎は答える。

 遥はその眼光に気圧されながら、何とか堪え、敏郎に講釈を求めた。

「まず、今回兵庫で見つかった被害者からは、物的証拠を残すという、不手際が見られます。現在では、完璧といえるほど、証拠を残さない犯人にしては、考えられない凡ミスです。そのことから、初期の犯行であると推測できます」

 遥は不満な点もあったが、今は静かに頷いた。

「初期の犯行ということから、犯人の年齢を推測できます」

「百歩譲って、初期の犯行だとします。それだけで、年齢を推測するのは短絡過ぎませんか? どれだけ優秀でも、人は完璧ではあり
ません。物的証拠が見つかったというだけで、初期の犯行だと断定するのも、どうかと思います」

 遥は短絡過ぎる見解に危うさを感じ、敏郎の考えを否定する。

「ですよね。犯罪者の持つ背景は、多種多様です。一括りには出来ません。年齢に関しては、推測の域は出ないです。それを踏まえて聴いてください」

 その言葉に、辛うじて遥は頷いた。

「犯人の思考は、『ママ』と口にしていることから、幼児性を感じます。こうした罪を犯す例として、犯人は、幼年期に、性的、もしくは、暴力的虐待を受けている可能性が多く、そう見受けられます。そういうプロセスを歩んできた子供は、トラウマを抱え、罪を犯す例が多く、その中でも、こうした異常な罪を犯す人間は、青年期から発生することが多いんです。この犯行が行われた状況、それにプラス、この犯行が初期段階と仮定して、今現在の犯人の年齢は、二十歳中盤から、二十台後半といったところでしょうか。これは、所詮データなので、あくまで推測の域です」

 異常犯罪に限り、データの不完全さを認識する敏郎は、推測域だと遥に強調して説明する。

 頷く遥を見て敏郎は続ける。

「次に、この犯人は、『ママ』、つまり、母親を象徴として殺人を犯しています。しかし、殺意がなく、首筋以外には外傷がありません。今週見つかった、唯一形の残る遺体は、服装が整えられ、愛撫した形跡まであり、愛情すら感じられます。そのこと……」

「警視の言われることを全て肯定したとして、質問します。母親が象徴だといいますが、殺意がなく、愛情が感じられるとすれば、被
害者は何を意味しているんでしょうか? 母に捧げる生け贄ということなのですか? 神聖な生け贄に対する敬意が込められているということでしょうか?」

 遥は敏郎の言葉を遮り、抱く疑問を自ら解釈し、敏郎に投げ掛ける。

「いいえ、違います。そう取れなくはないですが、生け贄ならば血を浴びる必要もないですし、そこまでの感情は抱かないでしょう。そうなると、この件の被害者は、象徴たる母親そのものを意味します。要するに、母親を感じ取るための儀式なんです」

 敏郎は表情を変えずに、異様な感情を灯しながらではあったが、淡々と答えた。

「何故、そこまで」

「それは分かりません。犯人にとって、この状況でなければいけないのでしょう。ただ言えることは、母親を感じるための儀式、裏を返せば、現実には感じられない、つまり、母親は既に他界しているということです」

 敏郎は、更に目に力を加えて答える。