「てめえは……俺が必ず殺す! 待ってろよ!」
「無理ですよ。それでは、殺りなさい014番」
ワイズナーのその言葉に、少年は目を泳がす。
「なに!? ケディーか……。そんな…………。くそー!! ワイズナーーー!!」
発せられた番号を聞き、少年は親友の名を口にして落胆した後、ワイズナーへの怒りを露わにして、沸き起こる殺気を言葉に乗せて叫んだ。
ビュンッ
それまえで気配を絶ち、気付かなかった一人が動く。
空気を裂き、ナイフが少年を襲う。
今度は、ナイフの速さが、先程とは段違いに速いが為と、動揺する少年の反応速度が遅れたが為に、ナイフは少年の頬を鋭く舐め、微かな深紅の華を咲かす。
「迅い!」
頬の痛みで我に返った少年は、襲来するケディーと呼ばれた少年の動きを感じて叫んだ。
気配が消せるといっても、動けば空気が流れ、それを感じ取れば、動作が捕らえられる。しかし、空気の流れよりも迅速なその動きは、流れを感じ取ったその時には、行動を起こした軌跡としかならない。かなりのロスがそこには生じる。戦闘経験豊富で、修羅場を幾度となく潜り抜けた一流の者なら、そこから培った勘で動くことが可能ではあったが、極めてそれの少ない少年は、生まれ持った、常軌を逸する超五感と、それが生み出す直感によって、無意識に相手の行動を先読みし、かろうじて敵の攻撃に対応していた。しかし、殺気の無い者との戦闘経験の無さが、少年の反応速度を抑制し、相手の戦闘能力の高さと相まって、次第に防戦一方へと追い込まれていく。
少年の身体の至る所から、二酸化酸素を含む、微かに黒くくすむ鮮血の華が咲き乱れては散っていた。
「なぜ攻撃しないのですか、042番。相手は殺気が無いにしろ、お前を殺そうとしているのですよ。くだらない友情の為ですか。それとも手が出ないからですか」
立ち止まり、あらゆる方面から繰り出されるケディーの攻撃を躱す少年に、データを欲するワイズナーは口を開く。
少年にとっては、ワイズナーが言ったこと両方が的を射ていた。
「くそー、どうすれば……」
防戦に徹し、少年は思案を巡らす。そして、自らの存在意義を言い聞かせ、意を決し結論を出した。
「ごめん、ケディー。俺、まだ死ねないんだ」
強い意志で自らの生きる目的を見据え、少年は、愁いのある眼でケディーと呼ばれる親友に殺気を込める。
天才的な格闘センスは、既に殺気の無い殺人マシーンとの戦闘に適応していた。
迫るナイフを弾き、少年は反撃に移る。それほど無かった実力の差から、ほぼ互角に、二人は渡り合っていた。
尋常でないスピードの二人は、室内の広さを有効に使いながら、暗闇の至る所で金属音が響かせる。
「早く終わらせなさい、014番!」
もともと戦闘能力の低いワイズナーは、既に二人を捉えきれず、不安と不満からか、マイク越しに叫んだ。
既に先程の余裕はなく、その苛立ちがマイク越しに伝わる。
いつの間にか、両手にナイフを握るケディーの攻撃を、ナイフと銃身で受け止めながら、少年は機を窺う。
鉄の擦れ合う音と火花を放ちながら、力と力で鬩ぎ合うなか、少年は小さく膝を折り、ケディーのバランスを崩すと、膝を伸ばしディーのナイフを上段に弾く。がら空きになった胴に足を跳ね上げ、ケディーを後方へと吹き飛ばした。そして、間髪いれず、狙いを定めずに、スピード重視の銃弾をケディーへと放つ。
弾丸は銃声を室内に響き渡らせ、ケディーを襲う。
ケディーは崩れた姿勢では避けきれない弾丸を、右手に持つナイフでかろうじて弾くと、足の止まった自分へと追撃にかかる少年を見て取り、左手に握るナイフを投げ、それを弾かせ、少年の追撃を止める。そして、体勢を整えると、腕に仕込むナイフを取り出し、二刀で身構える。
ドーン! ドーン!
室内の為、必要以上に響く銃声が木霊する。躱すケディーを追撃し、少年は逃げ道を予測して連射する。
逃げ道に飛来する弾丸を躱し切れないケディーは、ナイフで弾丸を弾く。足の止まったケディーを見逃さず、少年は発砲しながら襲い掛かった。
カチッ、カチッ。
が、弾切れによって、拳銃からは空しい撃鉄音が響く。
「チッ」
舌打ちし、少年は拳銃本体をケディーへと放り投げた。
弾丸を捌く為に、両腕が塞がる為、飛来する拳銃を避ける選択肢しかないケディーは、辛うじて、こめかみに掠めながら、それを躱す。こめかみに受けた衝撃で、ケディーに僅かな隙ができた。
「ごめんケディー!」
少年はその隙を逃がさず、左手に力を込め、頚動脈を薙ぎ払いにかかった。
「なに!」
その瞬間、左前方から、空気を裂き飛来したナイフが、少年の脇腹に突き刺さる。
とっさに身を捩り、少年は躱しにかかるが、その迅速なスピードからは逃れ切れず、致命傷を避けるのが精一杯だった。
「流石と言いたいが、口を酸っぱくして教えた筈だ。戦闘とは集団戦だ。常に周囲に気を張り巡らせ、不意な攻撃に備えること。眼前の敵だけが全てではない。まして、感情に支配され、冷静さを失うということは、死に直結するほどの隙を生む」
そう男の声が響くと同時に、室内に明かりが灯る。
「ぐ……。シュナイダー教官……。今は……派遣中のはず…………」
ワイズナーとは違い、教官と呼ぶ少年の態度からは、シュナイダー教官と呼ばれる人物に、敬意が含まれているようだった。
痛む脇腹を押さえ、少年は、ケディーを牽制しながら、シュナイダー教官と対峙する。
「そうか、教官達が留守の時を狙った脱走だったか。それは残念だったな。今しがた帰還だ」
シュナイダーは冷静な眼を細め、淡々と答える。
「! 毒か……」
一瞬、少年は目が霞むが、直ぐに立ち直る。
「ほー、この毒は、まだ訓練生に免疫投与はしてない筈だが。お前には聞かないらしいな」
この施設での免疫投与とは、少量ずつ毒と解毒とを飲まされ、もしくは投与され続け、免疫を高めて、耐性を作ることをいう。幾種類もの毒物を投入され続けることでも、幾人もの訓練生の死が憑いて回った。
「俺には……毒は効かない」
「そういえば居たな、一人だけ。特異体質で毒を受け付けない化け物が。といっても、ほんの一瞬、抗体作用によるショックはあるようだな」
興味深い顔で、シュナイダーは少年を見据える。
「早く始末してしまいなさい、シュナイダー教官」
ワイズナーの声に、シュナイダーは身構える。
少年の体中から汗が吹き上がる。手負いでなくとも、シュナイダーと少年との実力の差は、まだ歴然としていた。
「私が手を下すまでも無いでしょう。014番で十分始末できます」
シュナイダーはそう言うと、ケディーに近寄り命令を下す。
「ケディー、お前……」
少年はケディーに向き直り、その姿を見て驚愕する。
こめかみから器械が埋め込まれ、その瞳には光がなく、黒く沈み、感情が完全に消え失せていた。
「殺れ」
ケディーは、無言でナイフを振り上げる。
「グォー!」
瞬間、ケディーはシュナイダーの太股にナイフを突き立て、その腕でシュナイダーの顔面を打ち、後方へと吹き飛ばした。
「し……雫……、今のうちに逃げろ。あの足では……シュナイダー教官は追えない」
少年が放った拳銃が、こめかみを掠めた為か、双眸から血の涙を流し、意識を戻したケディーが、苦渋に満ちた目で叫ぶ。
「一緒に逃げよう」
「駄目だ! 意識が戻ったのは一時だけだと思う。それよりも、逃げる前に僕を殺してくれ」
悲痛な表情でケディーは訴える。
「できないよ! できるわけないだろー!」
「機械として生きるのはごめんだ。それに、周りを見てみなよ」
その言葉に、少年は周辺を見渡す。そこには、少年が殺した、嘗ての仲間の骸が転がっていた。実力の乏しかった、その仲間には、暗視ゴーグルが着けられ、その死した顔を確認することができなかった。
「皆……ごめん」
悲痛な面持ちで、少年は涙を噛み締める。
「気に病むことはないよ。皆感謝している筈さ。機械にされ、殺人マシーンとして生きるよりは……。そして何より、仲間である雫に引導を渡された皆は、幸せだと思う。だからこそ、雫に僕を止めてもらいたい」
ケディーの感情の戻った目には、悲壮感はない。むしろ清々しかった。
「ぐ……早く……早くやるんだ、雫!」
「うわーーーー!!!」
ケディーの声に、少年は意志を取り戻し、涙を振り払うと、悲痛な雄叫びを上げながら、ケディーの首筋を薙ぎ払った。
「ごめん……」
舞い散る真紅の花びらの如き鮮血を一身に浴びながら、崩れ落ちるケディーを抱きかかえ、少年はそう口にする。
「いいんだ、ありがとう……し……ずく……」
少年を急かす為、演技として叫んだケディーの意識は、まだ損失されてはおらず、少年に感謝の言葉を口にする。
「なんで……」
少年はそれに気付き、自己嫌悪に陥る。
「この器械はもう取り外せないし、組織のメインコンピューターと連動していて、もう僕には自由はないんだ。直ぐにまた捕まり、機械に逆戻りだからね」
ケディーは、澄んだ眼で少年に微笑む。
「ちくしょう。み……ん……な殺してやる。皆殺しにしてやるー!」
気が狂ったように、少年は怒りを帯びた殺気を撒き散らし、フロアーを侵食させていく。
「雫! 君には両親の仇という目的がある筈だ。さあ逃げなよ。そして、僕達仲間の分まで生きてくれ……さよう……なら…………」
少年を叱咤し、仲間の思いを託してケディーは息を引き取った。
「ケディー!」
少年は悲痛な叫びを上げながら立ち上がると、止めどなく湧き起こる殺意を抑えることなく、出口へと走って行く。怒りで身構えるシュナイダーを横目に、ケディーの意志を尊重し、その場を後にする。
「ワイズナー! 貴様ら組織は必ずこの俺が潰す。それまで首を洗って待ってろー!」
部屋の出口に差し掛かり、足を止めた少年は、宣戦布告の叫びを上げる。
最後に、部屋に倒れるケディーとその仲間に憂いのある目を向け、その場を後にした。
溢れ出る怒りを燃料に、蒸気の如き吐き出される漆黒の殺意を身に纏いながら、少年は決意を固める。まずは、両親の仇を取り、そして、この組織を叩き潰すという決意を……。
「やつらが殺戮機械を造るというのなら、俺は復讐の機械となってやる。いつか必ず、必ず仲間の仇を、そして、自らの過ちを、死をもって後悔させてやる!」
そう心に刻み、小さく、そして力強く叫んだ。
恨みや憎しみから生み出される殺意の念が凝縮し、どす黒い衣を纏う、身の丈を超す鎌を持つ死神の幻影が、少年と重なりシンクロしていた。
通路の先に、光を零す出口が口を開ける。
少年は、殺意が作り出す幻影の鎌を振り翳しながら、死神という名の、死を運ぶ風となり、外界の織り成す光の渦へと飲み込まれていった。