2 依頼人(ポーカーフェイス)


 原作者 チキン主義

                     ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 


 

「これだから金持ちは……」

 照り付ける真夏の太陽の直射に眼を細めながら、停泊する豪華客船を凝視し、右手で顔を覆った雫は、溜息混じりに吐き捨てた。

 リヴァイアサンと銘打たれた豪華客船は、全長四百メートル程あり、横幅は三十メートル程あった。

 海の魔獣から命名さてたであろう、この船のファンネルには、その魔獣のデザインが施されている。

 依頼内容は、豪華客船で行われる、剣財閥主催、剣和美誕生パーティーのヒロイン、剣和美のボディーガードである。

 この誕生パーティーの為だけに用意されたリヴァイアサン号は、全室が超豪華スイートルームで造られている。招待されたお金持ちは、エデン国に限られてはいるが、ざっと二百人程度で、その殆んどが、財閥関係者はもちろんのこと、名を馳せる実業家や経済人、政治家とそれらの家族であった。

 孫の為にこれだけのお金を注ぎ込む豪快さに、雫は、呆れを通り越し、悪い意味で尊敬してしまう。

 仕事柄、お金持ちに偏見のある雫は、客船の外に止められている、この場では珍しくない、セキュリティーで強化された、特注の高級車に眼を移し、距離をとりながら、見下すようにそれらを眺めていた。

 客船へと次々に呑みこまれて行く全ての招待客には、条件とされているボディーガードが同伴していた。それは、何者かに襲われるのを予期していることの証明でもあった。

 異常なまでに、警戒態勢を強いてでも行われるこのパーティーには、真意は読めないにしても、何らかの企てがあることを、雫は確信した。

 既に乗船している、ドレスアップした招待客達は、船の上から地上を見下ろし、出港を待ちわびるように、見送りの人達に手を振っている。その横には、必ず、場違いな黒服を着たボディーガードが常に警護していた。

「弱そうな奴ばかりだな。大丈夫か?」

 訓練を受けてはいるようではあったが、雫から見たボディーガード達は、プロの組織を相手にするには、泣けるような連中ばかりであり、中には、そうでない連中もいるようではあったが、雫の実力から見れば、赤子も当然であった。

「まだ時間があるな。ことを運ぶのは、出港してからだろうけど、暇だから少し見回るか」

 金持ちから見たら、ゴミのような安物の時計を眺め、雫は呟く。

 港内を歩き、不振なものに気を配る。客船から少し離れてしまえば、日曜日とあって人気が少なく、喧騒もない静寂に包まれていた。

「オーラーイ。オーケー! そのまま下に降ろせ!」

 今度は積荷を確認する為、慌ただしく大きな声が響く、コンテナが置かれた場所へと向かう。

 そこには、客船に積み込む数十個のコンテナが置かれ、それを運び込む作業員の声と、それを吊り上げ、トラックに積むクレーンの音が響いていた。

「にいちゃん! こんなところにいたら危ないぞ!」

 コンテナに登り、クレーンを引っ掛ける役目に準ずる作業員が、黄色いヘルメットの合間から流れ落ちる汗を拭いながら、雫へと大声を落とす。

「すいませんが、中身は何ですか?」

 意に返さず、雫は作業員に中身を確認する。

「え? ああ……食料とか……いろいろじゃないのか? 作業員の俺には分からん!」

 煩わしいそうな表情に変化した作業員は、慌てたせいなのか、口籠もるような呂律の回らない口調で吐き棄てる。

「いろいろねえー。まあいいか。邪魔したね」

 雫は口元を緩め、意味あり気に小さく呟くと、作業員に言葉を投げかけながら背を向け、その場を後にする。

 作業員は、背を向ける雫に微かな殺気を放つが、雫はそれを無視するように歩いて行った。

「少しは楽しめそうだな」

 狂喜に満ちた笑みを零し、雫は吹き上がる殺意の鎌を掲げていた。

 

「そろそろ時間か」

 雫が呟くと、周りがざわつき始めた。

「剣財閥のお車よ」

 近くにいた、ド派手なサングラスを掛け、ひらひらの付いた高級であろうピンクの日傘を差す貴婦人が呟くと、停車する車へと人垣ができ始める。

「お誕生日おめでとうございます。和美お嬢様」

 運転手に誘われ、執事の山田次郎を伴って姿を見せた剣和美を確認すると、ハエの手の若い男達が取り囲み、愛想を振りまく。

 剣和美は、女性としては長身で、百七十五センチ程度の高さがある。肩まで伸びるしなやかな黒髪を靡かせ、その面持ちは、美人というよりは、十八回目の誕生日ということもあり、まだあどけなさが残る、少し丸みを帯びた、可愛らしいという言葉が似合う女性だった。もう少し年を重ねれば、顔が引き締まり、美人になりうる要素を多大に含んでいた。

「厄介な依頼主だな」

 その容姿とは裏腹に、その性格のきつそうな鋭い眼は、お金持ちの子供独特の、機嫌ばかりを取られ、甘やかされて育てられたが為に宿る、人を見下し、全てが思いのままに動くと錯覚した、負の光が宿っていた。

 その横に佇む山田次郎は、身長百六十センチほどの小柄な老人で、綺麗に身支度され、白髪をオールバックで整えている。声と同様の顔付きで、人の良さそうな面持ちだった。

「ん?」

 雫は不意に、違和感のようなものを感じた。 それを振り払うように、和美が口を開く。

「皆様方、今日は私の為にお集まり頂き、誠に有難う御座います。挨拶は、パーティーでさせて頂きますので、今は乗船のほうを優先して頂けませんか?」

 和美は見下す眼差しと、感情の籠もらない言葉で丁重にそう言うと、軽い挨拶を交わしながら、人垣を割って歩く。その少し斜め後方を、山田次郎が背後霊の如く付き従う。

 機嫌を伺いに行った、ハエの手を持つ男達は、和美の言葉でゴマ擂りを断念させられ、哀愁が取り巻く後姿を向け、トボトボと客船へと歩いて行った。

「どうも、依頼を受けた日守雫です。よろしくお願いします」

 雫は、人垣がなくなるのを見て取り和美に近づくと、ぶっきら棒に挨拶をした。

「じい、私のボディーガードはどこ?」

 和美は雫を見て取るや、雫を無視して山田次郎に顔を向けると、先程のような、無感情な顔が一転する。怒りを滾らせた眼で山田次郎をキツく睨む。

「いや……あのー……こちらの日守雫様でございますが……」

 山田次郎は狼狽し、申し訳なさそうに雫を見る。

「もう一度言うわ、私のボディーガードはどこ!」

「ですから……」

「ふざけないでよ! なんで子供なんか雇うのよ! 私の安全を考えているの!」

 山田次郎の言葉を遮るように、和美は間髪入れずに叫んだ。

 額に汗し、それをハンカチで拭いながら、山田次郎は身じろぐ。

「見た目はでかいけど、顔だけ見れば、まだ子供じゃない。あんたまだ高校生ぐらいでしょう!」

 先程までの丁重な口調はなく、これが本来の姿なのか、既に、一般人同様の、若者口調になっていた。そして、雫に詰め寄り撒くし立てた。

「鋭いな、ねえちゃん。実はまだ十四だ」

 その答えに憤慨した和美は、今度は山田次郎に詰め寄る。

 常に嫉妬と羨望を受け、それらの裏表が激しい醜い大人達に囲まれ接してきた和美は、人を見る眼に長けていた。さすがに、雫の若さに気が付く。

「中学生じゃない! じい! 私は独りで行くわ! 小龍も小龍よ! 私に恨みでもあるの! こんな子供を押し付けて!」

 今度は居ない人間の愚痴を零し始める。

「俺は学校なんて行く必要ない程の知識はあるし、ある一点に関しては、ねえちゃんよりも人生経験は豊富だよ」

 戦闘技術だけでなく、学問、特に語学や、理数系に関し、虐待塗れの英才教育を組織で叩き込まれた雫には、今更、学校教育を必要とはしていなかった。

「学校行ってない! 余計駄目じゃない。人生経験豊富? 笑わせないでよ。あんたみたいな餓鬼が、剣財閥の将来を担う、私以上に豊富な訳ないでしょう」

 世界に名を馳せる大財閥の直系の孫とあって、雫程でないにしろ苦労しているらしく、和美のその眼には、心の底からの怒りに満ちていた。

「まあ、嫌なら帰るぜ。俺だって好きで引き受けた訳じゃない。それに、金持ちの我侭娘なんか相手にできるか」

 好き放題言われた雫は、山田次郎の懇願するような眼を払い除け、怒気を含み言い放つ。

「私だって子供のお守りなんて御免よ」

「お互い様ってことだな」

 二人の間に火花が飛び散る。

「お嬢様、雫様。どうか冷静に……」

 その中に飛び込み、山田次郎は仲裁に入る。

「ん? 一つ聞いていいか、じいさん」

 先程の違和感に気付いた雫は、和美から視線を外すと、山田次郎に冷静な視線を向ける。

「はい、雫様」

「じいさん、やっぱりその名前偽名だろ。電話じゃ騙されたが、お前何者だ。俺を騙す技量、それに、無駄のないその身のこなしと、一流の殺し屋顔負けの、見事なまでの静寂な歩行」

 和美と山田次郎が車から降りたとき感じた違和感は、人垣の騒音に紛れた為に核心には至らなかったが、それは、山田次郎が割って入った際に体現させた、無音歩行だった。

「何言ってるの、あなたは用済みだから帰りなさい」

 和美は、雫に無視された感を覚え、話の中心に入り込もうと、強引に食って掛かる。

「そんなことはどうでもいい。お嬢さんは邪魔だから黙ってな。これはじいさんと俺の問題だ」

 雫は凄み、和美を制す。

 自分を特別視しない雫に驚いたのか、凄みに押されたのか、和美は言葉を失いその場にへたり込む。

「お……お嬢様。雫様、言っていることがよく分かりません」

 へたり込む和美に駆け寄り、山田次郎はとぼけた顔で雫に向き直る。