6(海族少年団)


 

 変な終わり方をした話に、一同は呆れた顔を海由おじさんに向ける。

「ハーー、馬鹿な親父を持って恥ずかしいよ」

 貞治は、頭を抱えて嘆きの声を上げる。

「それは俺の言葉だ。馬鹿息子」

「どっちもどっちだろ」

 海道親子が同時にハモった。

「やっぱりおかしいよ」

 僕は、先程感じた違和感をまた覚え、口にする。

「そういえばそうだよ。なんで、貞治君がここにいるの? 捕まった筈じゃ」

「あっ!」

 福ちゃんのその言葉に、貞治と佳美おばさん以外の全員が目を見開いた。

 話に夢中になっていた全員が、そのことに気付かなかった。

「ということは……」

 海道おじさんが小さく呟き、

「な、皆。幾美ちゃんは誰もが憧れる、可愛い女の子だったってことなんだ」

 海由おじさんの言葉で、双子のおじさんは、わざとらしく、双子らしい、息の合った笑い声を上げた。

「もう遅いわよ……せっかく感動の再開を果たしたかったのに……未来にそんな昔の話をして…………うっ……私達の親子関係を壊そうとするなんて…………」

 居間の入り口に姿を隠していた母が、顔を抑えながら入ってくる。

「またあ、年甲斐もなく嘘泣きして、冗談キツイな」

 海道おじさんは半信半疑な口調で、母に言った。その顔は、若干、罰が悪そうだった。

「いい年をして、嘘泣きなんてしたって、もう大人の俺達は騙されないぞ……嘘泣きだよな…………」

 前半は笑っていたが、後半になって、反応を見せない母に対して不安になったのか、海由おじさんは、いい年をして泣きそうな顔になると、母の顔を覗き込み、首を傾げながら、どちらかが、鏡じゃないかと思わせるほどよく似た、海道おじさんと顔を見合わせる。

 そして、母の嘘泣きを見破れる数少ない人物である、佳美おばさんに顔を向けた。

 佳美おばさんは、軽く目を瞑り、深刻な顔で頭を左右に振った。

「ハーーー、度が過ぎたかな……」

 二人は溜息を零しながら、悪びれて肩を落とし、沈んだ表情で後悔の念を刻む。

「二人とも……」

 立っていた佳美おばさんは、あぐらを掻いて沈んでいる二人の肩にそっと手を置くと、もう一度母の方へと顔を向けさせた。

 それを見ていた僕と皆は、一斉に母へと顔を向ける。

 母の肩は小刻みに震えていたが、次第にその震えが大雑把になり、満面の笑みで顔を覆う手を開くと、大きな声で笑った。

「騙したな、佳美!」

 海道おじさんは、情けない声で叫ぶと、佳美おばさんは舌を出す。

「幾美のことを悪く言い過ぎるからよ」

「最悪コンビ復活だ……詩織ちゃんがいないのが不幸中の幸い……」

 海由おじさんが呟く。

「最悪コンビ?」

 僕は、海由おじさんの微かな嘆きを聞き取り、海由おじさんに聞いてみた。

「それは、俺達が最も恐れていた『騙しの幾美』と『誇張の佳美』二人合わせて『落としの双鬼姫』と呼ばれた最悪コンビだ。そして、後半新たに加わった『脅しの詩織』で完成をみる。『三朱の人鬼』と呼ばれ、未だ、新江・五木村・加木史上、最凶の名を欲しいままにしている鬼姫達だ」

「思い出しただけで、身が凍るな」

 海道おじさんが、わざとらしく身を縮めた。

「オーバーね。か弱い私達をからかう男達が悪いんじゃない。否応にも、強くならないといけなかったのよね、佳姉」

 久しぶりの再開に、母は目に涙を溜め、佳美おばさんに同意を求めた。

「そうね……」

 感化され、佳美おばさんも涙ぐむ。

「よく言うよ……初めから俺達より強かったくせに……」

「そうだよな……佳美ちゃんは大人しかったけど、幾美ちゃんとコンビを組むことで、本性を現し、意地の悪いところも見せていたし……」

 海道おじさんと海由おじさんが、続けて抗議したが、感化され、涙目の表情で鼻を啜る。

「意地が悪いのは彼方達でしょう。懲らしめる為にそうしていたのよ。楽しかったのは認めるけどね」

 涙を拭い、佳美おばさんは笑顔で反論する。

「それを意地が悪いと言うんだけどな」

「だよな」

 合わせ鏡のように、おじさん二人は顔を見合わせ、また、鼻を啜った。

「佳姉には悪いけど、二人の意見も納得できるわ。怒ると詩織より怖かったし」

「エーー、それは言い過ぎよ。詩織と比べられたんじゃ、私の評判ガタ落ちよ」

 大人達一同は、涙を零しながら、大きな笑い声を上げた。

 僕達子供組みも感化され、思い出に浸る大人達のやり取りを、ただ……ジッと眺めていた。

「そう言えば、いつ頃から母さんはそこ居たの」

 一時その空間に浸った後、ほとぼりが冷めるのを見計らい、僕はその空間に新風を吹きかけた。

「そうだ。いつから居たんだ」

 海道おじさんは、あわよくば、自分の話は聞かれてはいないのではと、期待して僕の言葉をなぞる。

「諦めなって、道おじ」

 誰が見ても、意図が分かるような表情をする海道おじさんを、貞治は容赦なく斬り伏せた。

 斬られた海道おじさんは、大きい体を丸めて、シュン……となる。

「残念ながら『ババンッ! キャーーーー』の辺りかな。吃驚した怒りで、危うく飛び出しそうになったわね」

 いつもの表情に戻っていた母は、青筋を立てて、鬼の笑顔を海道おじさんに向ける。

「ごめんなさい」

 佳美おばさんに顔を向けて助けを求めたが、首を横に振られ、あっさりと却下された海道おじさんは、諦めて謝った。

「何だよ、貞治。なんで幾美ちゃんの肩を持つんだ。まさか、お前……弱みを握られたんじゃ……」

 息子の態度に、海由おじさんは大袈裟にチャチャを入れる。

「違うわよ! 失礼ねぇ。貞君は誰かさんと違って、無償で私の味方になってくれたの」

「本当、最低だな親父は。別に、俺には弱みなんてないし、美人に味方しないほうがおかしいよ」

 恥ずかしげもなく口にする貞治の言葉に、母は少しの呆れと恥ずかしさが混じる表情で、貞治の頭を撫でる。その二人以外は、貞治の言動に呆れ果てた。

「そこの男二人以外は、私に味方してくれるわよね?」

 母は、笑顔を子供組に向けて言った。

 僕以外の子供組は、その笑顔に少なからずの恐怖を感じたが、先程の大人二人の話を聞き、自業自得だと素直に思えたので、首を縦に振った。

「みんな良い子ね。ということなので、罰ゲームとして、二人が大好きな往復ビンタの刑に処しまーーす」

「えーーー! それはないよーー。俺達いい大人なんだから勘弁してーーー!」

 大人げなく双子の大人達はハモり、駄駄を捏ねた。

「冗談に決まっているでしょ。いい大人が情けないわね。茂君と貞君は、こんな大人になっては駄目よ」

 呆れた母の言葉に、大人達はほっと胸を撫で下ろす。そして、名指しされた二人の息子は大きく頷いた。

「冗談に聞こえないよ。危うく息子の前で醜態を曝すところだったよ」

 海由おじさんが、大袈裟に汗を拭う。

「十分曝してるよ」

 貞治の呟きに、一同が頷く。そして、一同の大きな笑い声が場を浸食していった。

「でも少し残念だなあ、伝説の往復ビンタ見たかったけどなあ」

 茂雄が少し残念そうに発言する。

「ふざけるな茂雄。おまえ……あーー、この野郎! あの痛みは半端無いんだからな。他人事だと思って……お前にも味合わせてやりたいぐらいだ」

 海道おじさんは、息子のその言葉に、呆れと怒りと興奮を交えて言い放つ。

「申し訳ないけど、僕も見てみたかった」

「おじさん達の話を聞けばそうなる」

 副ちゃん、空も続き、僕と貞治は頷く。

「お前達は知らないから言うんだよ。幾美ちゃん、一回で良いから、こいつ等の誰かに伝説を味合わせてやってくれ。この通りだ、頼む」

 海由おじさんは捲し立てると、母に頭を下げる。

「えーーーー!」

 子供組が一斉に声を上げる。

「滅茶苦茶な親だな」

「馬鹿野郎、お前等が見たいと言うんなら、自分で味わうといい」

 海由おじさんと貞治が言葉を交わす。

「私は大人ですから、もうそんな事はしません。よっぽどのことが無い限り、子供に手を挙げるわけ無いでしょう」

 昨夜のことを引き摺っていたのか、母は少し罰が悪そうに笑っていいるように僕には見えた。

 僕は、母にそんな顔にさせてしまった、昨夜の軽率な行動に罰の悪さを感じた。

 そんな心情を余所に、会話は続く。

「分かってるよ。ただ、こいつ等が言いたい放題言うからさあ」

 海由おじさんは、うらめしい顔で子供組を睨む。

 その顔を向けられた子供組一同は、素知らぬ顔で同時にそっぽを向いて答えた。

「で、幾美は、今日は挨拶回り?」

 そんなやり取りを尻目に、佳美おばさんは母に尋ねる。

「そうなの。色々心配や迷惑かけたから、謝罪も兼ねて……」

「そりゃー大変だ。まあ、心配はしたけど、仲間達は迷惑だとは目くそ程にも思って無いけどな」

 それを聞いた海道おじさんは、笑顔で会話に入り込む。

「たとえが汚いなあ。相変わらずがさつだな、お前は」

 海由おじさんは、溜め息交じりに、海道おじさんに呆れる。

「うるさいなー。いちいちそこをつっこむな」

 海道おじさんは、不満そうに言い返し、

「それは置いといて、今日中どころか、一週間でもむりそうだな」

 母に顔を向けると、深刻そうな顔で、そう続けた。

「そうなんだけど、今日の夜に、豪ちゃんと勇ちゃんが、加木の酒場で歓迎会してくれるらしいの。どれくらい来られるか分からないけど、来た人達には挨拶できそう」

 母は、集まらないのではという不安を残しつつ、嬉しそうに説明をした。

「何ーー! 豪と勇の野郎! 抜け駆けして良い格好しやがって! 新江の仲間集めて乗り込むぞ! 佳美ちゃん、酒を用意しといてくれ」

 海道おじさんは、先を越されたと悔しそうに、そして楽しそうに声を上げた。

「賛成だ! こないだの宴会の借りを豪に返してやらんとな!」

 海由おじさんは、不穏な言葉を発し、拳を握る。

 僕は少し恐ろしくなり、恐る恐る海由おじさんの顔を見た。が、その顔を見て、それが杞憂だと安堵した。とても悔しそうであったが、そこには悪意もなく、良い意味でのチャレンジ精神が滲み出ていた。

「どこからその自信が湧いてくるんだか……」

 事の詳細を知る海道おじさんは、呆れ果てる。

「うるせえ! この前は、楓ちゃんの目の前で醜態を晒したんだ! 次は、豪が詩織ちゃんの前で醜態を晒す番だ!」

 復讐に燃え、海由おじさんは自信を漲らせて訴えた。

「下戸のお前が、酒豪の豪に敵うかよ」

「何だ海道、その酒豪と良い勝負した俺に嫉妬か?」

 呆れ果てる海道おじさんの言葉に、海由おじさんは勝ち誇ったように言い放つ。

「ハー……。それは、酔い潰れて、お前が見た都合の良い夢だ」

 海由おじさんの挑発にも乗らず、海道おじさんは、溜め息交じりに大人な対応で言葉を落とす。

「うるせえ! 海道。お前は知らねえだけだ! 俺がぶっ倒れる前に、豪の奴の手が震えてたんだ! あの野郎我慢してたんだ! 負け惜しみはみっともねえぞ!」

 挑発した本人である海由おじさんが声を上げる。

「うるせえのはお前だ! その前に少し飲んでて酔っ払っていたとは言え、コップ二杯でぶっ倒れてたくせに。豪が震えたのは、急にぶっ倒れたお前に吃驚して肝を冷やしたからだ! あいつは詩織ちゃんの尻に敷かれて情けない奴だが、面倒見も良く、お人好しの良い奴なんだ!」

 海由おじさんの声の大きさに合わせて海道おじさんが凄む。

「確かにお前の言うように豪は良い奴だ。俺の次にかみさんを大事にする奴だしな。でもそれは別だ。その証拠に、俺は一升瓶抱きながら目が覚めたからな。一升は飲んだはずだ」

 気圧された海由おじさんは、声を落とすと、未だ勝ち誇ったように言って退ける。

「あのなあ。その時の詳細を教えてやる。良く聞け。ハーー……」

 呆れ口調に戻り、海道おじさんは溜め息を零す。

「上等だ。聞いてやる」

 海由おじさんは、腕を組んで耳を傾ける。

「大馬鹿のお前が倒れた時、青ざめた豪は、部屋の隅に置いてあった、予備の布団にお前を寝かせたんだ。それを見ていた皆が慌てる中、真っ先に楓ちゃんが飛んでいって、ようやく皆がそれを追って、看病始める楓ちゃんとお前を囲んで安否を心配したんだ。そしたらお前ときたら……はーー……『かえでちゃ~~ん、あと一歩のところで負けちゃったよ~~』とか抜かして楓ちゃんの腕にしがみつくから、悪くもない豪が安心して胸をなで下ろした以外は、全員が呆れてたよ。そして、お前の言う一升瓶の件は、楓ちゃんの仕業だ」

「はあ? 意味が分からん」

「そうだろうな。記憶が無いんだから。ああ、それと、お前その時たんこぶ作ってたよな?」

「倒れた時に頭でもぶつけたんだろう。そんなことは関係ないだろ。早く説明しろよ」

 いまいち理解できず、海由おじさんは、勿体ぶらす海道おじさんに続きを要求する。

「それが大ありなんだよ。一番心配して青い顔していた楓ちゃんの顔がみるみる赤くなって鬼と化した時に、お前の頭にゲンコツ喰らわせて、しがみつく腕を振り払い、豪が空にした一升瓶にすり替えたんだ」

 海道おじさんは、半笑い状態で、吐き捨てるように切って捨てた。

「ま……負け惜しみだろ。なあ佳美ちゃん……」

 斬られた海由おじさんは、その場に居た佳美おばさんに動揺する目を向ける。

「……」

 当時を思い出し、佳美おばさんは笑いを噛み殺しながら視線を逸らした。

「は……ハッハッハーー!! 冗談冗談! 知ってて言ってるのに決まってるだろう……」

 罰が悪そうに引き攣った笑顔を皆に向けると、海由おじさんは、はぐらかそうと大きなな声で生気無く笑う。

「………………」

 一同は、長めの間を空けて、哀れな目を海由おじさんに向ける。

「そんな目で見ないでくれーー!! そういうことにしといてくれまいかーーー!!」

「…………プッ……プハハハハハッ」

 情けない海由おじさんの醜態に、それまで笑うのを我慢していた皆の先陣を切って、海道おじさんが笑い声を上げた。

 当然の如く、示し合わせたのではく、釣られたわけでもなく、一様に皆が笑い声を上げた。

 開け放たれ窓から流れ込む風に乗り、室内を舞いながら吹き乱れる笑い声が屋外へと絶え間なく溢れ出していく。

「ただいまー!」

 数刻の後、それを遮るように、玄関から活発さと気の強さを連想させる女の子の声が響き渡った。