原作者 ぶさいく
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「わーーー!親父~!」
路地を抜け、階段を駆け上がり、先頭を走る茂雄を追い、僕、福ちゃん、空が続く。
先を行く茂雄は、玄関へと続く、短い階段へと左折し、二段抜かしで走り抜け、叫びながら、荒っぽく家の戸を開け放った。
「何だ、茂雄! 五月蝿いぞ!」
奥からは、茂雄の父親の声が響き、微笑みながら、小走りで玄関先に駆けてきた母親が顔を覗かせる。
靴を脱ぎ払って家に入って行く茂雄の背中を見送り、僕達は玄関で立ち止まると、茂雄の母親が僕達に顔を向ける。
僕は人見知りしてしまう性質で、幼子が親の背後に身を隠すように、福ちゃんと空の背後へと身を移し、顔半分だけ晒して家中を覗く。
茂雄の母親は、丸顔で、温和な雰囲気を醸し出す、落ち着き払った綺麗な女性だった。
挨拶する僕達一同を見渡して、微笑みながら返事をする茂雄の母親は、二人の背後で、照れ臭く挨拶をする僕と目があった瞬間、目を見開いた。
「あ……あなた……」
数秒の間を空けた後、茂雄の母親は、出来得る限り、顔だけを部屋の奥へ向けると、少し震える声で、茂雄の父親へと声を掛けた。
「どうした、佳美」
茂雄の母親の動揺する声に、異変を感じ取った茂雄の父親が、怪訝な表情で顔を出す。
「お……お前は……おい、海由! 来てみろ!」
「何だよ、海道。でかい声出し……て……おお!」
するともう一人、茂雄の父親の後ろから、茂雄の父親と同じ顔をした男が顔を出し、三人が同じような反応を見せる。
しばし僕を見つめ、無言の時を流した。
「何だよ、皆して。福ちゃん達が戸惑ってるだろ!」
異様な親達の反応に、茂雄は大人達の背後の居間から顔を出すと、視線の先で戸惑う僕達を見て取り、大人達に喝を入れて時を流す。
「親父、紹介するよ。こいつは……」
まだ少しスローな動作をする大人達を尻目に、茂雄は僕を紹介しようとした。
「未来だろ。幾美ちゃんの子だ……」
茂雄が言うより先に、茂雄の父親が僕の名を口にした。
「何だ。知ってんのか、親父」
驚いた茂雄は、不思議そうな顔で、僕の名を口にした父親を問い質した。
「当然だろ。なあ海由!」
「昔からの仲間だからな」
二人は顔を見合わせ、懐かしみに満ちた目で、過去の回想を浮かべる。
「初めまして、小川未来です。よろしくお願いします」
僕は、恥ずかしくて、よそよそしく、初対面の人達に、俯き加減で挨拶をした。大人三人と僕は、戸惑いながら、ぎこちなく視線を交わす。
「おう、よろしくな。俺は茂雄の父親の海道だ。横に居るのが、かみさんの……」
「佳美です」
タイミングよく、阿吽の呼吸で、佳美おばさんは、会釈をしながら自己紹介をし、その後ろにいる男の人が続けて口を開く。
「俺は海道の双子の弟で、貞治の父親の海由だ。よろしくな、未来」
「え?」
「俺は婿養子に入ったから、苗字が違うんだ」
僕の疑問に気付いたのか、海由おじさんは、笑顔で即答する。
「海由は、表の楓に惚れ込んで、婿養子に入ったんっだよ」
表とは、五木村の事を差し、単純に、五木裏を略して裏と呼ぶことから、それなら五木村は表だろうと、そう略して呼ばれている。
海由おじさんの肩を叩き、海道おじさんは大声で馬鹿笑いする。
「しょうがないだろ。向こうの親父が、『楓は一人娘だから、婿養子じゃないと結婚は許さん』って言うし」
「誰も悪いって言ってないだろ。あの時のお前は面白かったって言ってんだよ」
笑い続ける海道おじさんの横で、佳美おばさんも口元を押さえ、肩を小刻みに震わしている。
「あー! 佳美ちゃんまで……酷い、酷すぎる……」
海由おじさんは、四谷怪談男版といった感じで、涙目の恨めしい顔を佳美おばさんに向ける。
「ゴメンナサイ……フフッ……あの時の由君を思い出すと……フフフッ」
「未来ー。お前は笑わないよな」
「う、うん」
いきなり話を振られ、意味が分からず首を傾げかけたが、頷かなければ可愛そうだと思える程の情けない顔で訴えかけられたので、僕は首を縦に振った。
「由おじ、未来が困ってるだろ。それに、あの話は誰が聞いても笑えるって。なあ、福ちゃん、空」
二人も口元を押さえ、笑っていた。
「てめーらー! 人の純情笑いやがってー! チクショー!」
何処かで聞いた悔し文句を叫び、海由おじさんは皆を睨む。
「何が純情だよ。美人や可愛い子がいりゃー、だれかれ構わず声掛けてたくせに。今の貞治は、お前の子供の頃そのままじゃねーか」
「昔から、俺は楓一筋だ! あんな軟派息子と一緒にするな」
恥かしげもなく妻の名を叫び、一転、息子に対しては、呆れ口調で溜息交じりにそう言った。
「楓は、昔の由君よりはマシだと言ってたけど。『ホント、似ないでいい事ばかり似るんだから』って、呆れてたわよ」
「え! そりゃないよ~楓ちゃーん」
佳美おばさんのその言葉に、海由おじちゃんは肩を落とし、居ない妻の名を叫ぶ。
豪ちゃん同様、海由おじさん家も、カカア天下らしかった。
「相変わらず、楓おばさんの事となると情けないなー。もう行こうぜ、皆」
茂雄はそういうと、僕達に家に入るよう促した。
「俺達も行くか、阿呆には付き合ってられん」
皆が呆れ、その場から離れ始める。僕は、その最後尾につき、哀れな海由おじさんを視界に入れながら皆に続いた。
「未来ー。お前は俺を見捨てないよなー」
その視線に気付き、海由おじさんは僕にしがみ付いた。
「海由、あの時一番笑ったのは誰だっけ」
そんな僕と海由おじさんを見て、海道おじさんは立ち止まり口を開く。
そして、皆も歩みを止めて振り返る。
「そりゃあ、幾美ちゃんだろ」
「その子は誰の子だ」
「誰のって……そりゃーお前……」
「幾美ちゃんの子でもあるんだぞ」
「あーーー!」
大声を上げながら僕から離れて後退さった後、海由おじさんはぼそりと呟く。
「触らぬジャジャ幾美にビンタ無し」
すると、その言葉に一同が笑い声を上げる。
僕だけが笑う気にはなれず、その輪から離れて立ち竦んだ。
グ……グッ……
昔からの親友だからといって、名古屋での母を知らない大人達が、母をそのように扱う姿に、僕はムッとして、無意識のうちに握り拳を作っていた。そんな僕の醸し出す空気に気付いてか、一同が罰の悪そうな顔を浮かべ、空気が沈む。
「そうだよな、母親を悪く言われたら腹立つよな。ごめんな未来」
「俺も悪乗りが過ぎた」
おじさん二人が、その場で謝る。
「うん。それよりも、おじさん達とおばさんは、僕の父さんを知ってるの」
少しの怒りとは裏腹に、海道おじさんが言った「幾美ちゃんの子でも」の『でも』という言葉が気に掛かり、僕は謝罪による返事を一言で済ますと、その疑問を投げ掛けてみた。
「そんな事言ったか。ただ、半分は幾美ちゃんの血が入ってるって言いたかっただけだけどな」
「未来は親父の事知らないのか?」
最後尾にいた海由おじさんは、いつの間にか、首を傾げる海道おじさんの横に移動して、僕の眼前に現れると、そう尋ねた。
「うん」
「知りたいのか」
「ううん。でも、気にならないって言ったら嘘になるから、聞いてみただけ。でも、会ったことないから、無理に知りたいとは思わないよ。それに、母さん自身が、まだ、父さんの事が吹っ切れてないらしくて……時が来たら話してくれるんだって言ってたし……僕はそれを待つって約束したから」
先程までの締まらない顔付きから一転して、真剣な面持ちで僕を見る海由おじさんの目は、酷く痛々しく見えた。
「ゴメンナサイ。気を悪くしちゃったね」
「別に謝る必要はないぞ。もうこの話は終わりにしよう。さあ、部屋に入ろう」
僕の頭をクシャクシャに撫で回し、海由おじさんは笑顔で言った。