「ん? お前誰だ。見かけないやつだな」
僕が話し掛けるよりも先に、僕を見つけた一人が問い掛けてきた。
「どうしたんだ、茂雄?」
その後ろにいた三人の内の一人が、茂雄と呼ばれた少年に話しかける。
更に、残りの二人も僕の方に振り返る。
「あっ、ほんとだ、どこの人?」
四人の内、眼鏡を掛けた、ひ弱そうで血の色を感じさせない、肌の白い子が口を開く。
「昨日、あそこの家に引っ越してきたんだ。名前は小川未来。皆よろしく」
小さく見える家を指差し、僕は自己紹介した。
「逸爺の家か。それにしても、変わった名前だなあ。まあ名前なんか分かればいいからな。俺は小川茂雄。茂雄って呼んでくれ。よろしくな」
意志と気が強そうな眼をし、がっちりとした体躯で、それでいて、ふてぶてしくなく、不快な気にさせない少年は、勝気な口調で自己紹介をした。しかし、少し癖っ毛ではあるが、柔らかめな髪質と、顎の締る顔は優男にも見え、全体を見ると、バランスが取れていない感がある。少し猛に似た雰囲気があり、多分、ガキ大将だろうと推測できた。
「俺は東川貞治。呼び捨てで呼んでくれ。それから、五木村に住んでる。茂雄とは、従兄弟なんだ」
貞治は、茂雄と従兄弟と言うだけあって、癖もなく、綺麗な髪の毛意外は、顔もよく似ており、意志の強そうな眼は、茂雄ほどではないにしろ、強そうだった。髪の毛以外での違いは、どこか、異性を気にした外見と意識が勝気な雰囲気をなくし、茂雄の真っ直ぐさに比べ、どこか頼りなさげに見えた。と言っても、茂雄と比較しているだけで、普通の人よりも強さを感じる。茂雄が真っ直ぐ過ぎるとも言えなくはなかった。
気になるであろうこの二人の名前は、言わなくてもお分かりだと思うので、触れないでおきたい。
「僕は福本健太です。生まれつき体が弱いから、あまり一緒には遊べないけど、よろしく。呼び方は、皆と同じ『福ちゃん』でも、呼び捨てでもいいです。呼びたいように呼んでください」
少し人見知りするのか、ずれた眼鏡を直しながら、弱い口調で、福ちゃんは丁寧に自己紹介をした。
「福ちゃん、そういうこと言うなよ。そんなの関係ないだろ。俺達は仲間なんだからさ、助け合おうぜ」
茂雄と貞治は福ちゃんを励ます。そして、最後の一人は、肯きながら、福ちゃんの肩に手を置いた。
「そうそう、こいつは口下手で無口だから俺が紹介するよ。こいつも俺と同じで五木村に住んでる、うん?」
貞治の肩を軽く叩き、貞治の話を中断させると、無口だと言われた少年は口を開く。
「自己紹介ぐらいは自分でする。ありがとう、貞君」
ゆっくりとした口調でそう言うと、その子は僕に向き直る。
「僕は東海林空です。よろしく……空でいいよ」
ゆったりとした口調は、性格なのだろう。
空は、その名前に相応しく、遅すぎるテンポに不快感がなく、こちらまでが和んでしまう、包み込むような柔らかさがあった。癖がありすぎる太い髪の毛が、自由奔放に生え渡り、体格はやや太り気味で、絵に描いたような丸顔をしており、性格を移すように、眼は優しかった。しかし、貞治を制して、自分の意志を示したときの眼は、周りに流されることのない、意志のある眼光を備えていた。
「皆はこんなところで何してるの?」
自己紹介が終わり、墓地でする遊びに興味が移り、僕は尋ねた。
「なにって、なあ」
茂雄は一同を見渡し、意味ありげな笑みを浮かべると、石壁の隙間の穴から出る糸に視線を移す。
そこには、よく覗き込んで見ると、数ある穴の内、五箇所から、凧糸が垂れていた。
「そうだ、これでちょうど五人だから、どおせなら、皆で一斉に引かない?」
福ちゃんが、茂雄に何かを提案する。
「おお! 福ちゃんやる気満々だな。でも、体は大丈夫か?」
「うん。僕だって、こっちに引っ越してきてから一年が経つのに、皆とこんな風に外で遊ぶのは多くないから……」
そう言うと、福ちゃんは俯く。
「福ちゃん。せっかく楽しいのに、暗くなるのは駄目。皆も、福ちゃんが元気になって、一緒に遊ぶの楽しみにしてた」
空がゆったりと言うと、福ちゃんは謝り、笑顔を見せる。
「福ちゃんも引っ越してきたんだ。どこから?」
仲間がいたようで、僕の不安が少し晴れた。良い友達になれそうだった。
「名古屋からだよ。体が弱いから、環境の悪い名古屋から、お父さんとお母さんの実家のある、環境の良い新江に引っ越して来たんだ」
「俺も名古屋からだよ。僕は母さんが体調を壊しちゃって。父親もいないし」
僕も少し暗くなってしまった。
「へー、未来は父ちゃんいないのか。まあ、いないのは仕方ないしな。未来が悪いわけでもないし」
茂雄は、僕の名前を聞いた時と同じく、あっさりと答え、僕の肩を軽く叩いた。同情でない気遣いがあり、興味がないわけでもないが詮索もせず、まして、今まで僕をからかっていた同級生とは違い、蔑むような悪意もなかった。その手からは、温かみが感じられた。
「ありがとう、茂雄。でも今までは、そのせいでからかわれたりしたし……正直、ここでも同じかと思ってたから嬉しいよ」
「何言ってんだよ。自己紹介も済んだし、未来はもう俺達の仲間だ」
貞治も、もう片方の僕の肩に手を置いた。その横で空も肯く。
「未来君、僕もそう思うよ。未来君とは違う立場だけど、僕は病気で同情してくれるだけの友達はいたけど、本当に心の底から友達と呼べる友達なんて出来ないと思ってた。だけど、ここに来てからは、皆にあって、それに出会えたから……」
「もう、お前達はすぐ湿っぽくなるな。名古屋ってところは、そんなに人間関係が複雑なところなのか?」
貞治は呆れ顔で、そして、照れくさそうに言った。
「他を知らないから知らないよ。ここでは大人達が複雑だと聞いてるけど」
「そうなんだよな、爺さんと親で意見が違うからな。だから、俺達子供は、自分達のやり方でやってるんだ」
茂雄は、どうやら大人達のやり方には感心せず、関心を抱かないようにしているようだった。
「本題に入ろう」
空は口下手の為か、自ら語ることが少ない。皆の話しに耳を傾け、同じ時間を共有し、その場にいるだけで十分楽しいようだった。
話が脱線しているのを感じ、空は皆を導くように、言葉を飾るのが苦手のため、単刀直入に声を発した。
「おお! さすが空。うまく話を戻してくれたな」
貞治が、空の肩を叩く。
「空君は、皆の車掌なんだよ」
僕の頭上にある(?)に気付いたのか、福ちゃんは言った。
「そうそう、福ちゃんの言う通り。俺達は汽車みたいなもんだからな。ただ闇雲に走る。空は見たままにのんびりしてる分、いつも冷静だし、こう見えても頭が良いんだな。俺達の話が大きく脱線しそうになれば、タイミングよく直し、感情で暴走しそうになれば、冷静にその熱を冷ます。空がいないと、ブレーキの掛け具合が分からず、俺達はうまく線路を走れないんだ。まあ、空が居るから、それを気にせず、前だけ見て猛進できるんだけどな」
「俺達の空への信頼度は絶大だ。たまに、空自身の鈍さが、脱線を誘発することがあるけどな」
棘の無い笑顔で、茂雄と貞治が笑いながら語る。
「あと、スピーディーのこととな」
貞治は、からかうようにそう言うと、意味ありげに、更に口元を緩める。
「それは……」
顔を夕日に染めて、空は口籠る。
「スピーディーって云うのは、あだ名で、空君の好きな娘なんだ」
福ちゃんが小声で教えてくれた。
「福ちゃん、それ余計。それより早く」
夕焼け空は、車掌としてではなく、照れ隠しに話を逸らせた。
「そうだな、いつまでたっても先に進まないからな。本題に入るか」
皆は凧糸に視線を向ける。
「未来は走るの早いか?」
茂雄は僕に問う。
「何で? 学校ではまじめに走ったこと無いから分からないけど、普通じゃないかな。だから何で?」
「そうか、ならいいか」
茂雄は僕の問いに答えず、言葉を続ける。
「それじゃあ、まず、逃げ道は左右だ。福ちゃんは、一番逃げ易い左端、空はその後ろを守るように走る。残りは右に逃げて、引く場所は、一番左端を引く福ちゃんとその横を引く空以外はジャンケンをしよう」
「僕もジャンケンするよ」
場所を決められた福ちゃんは、不満を漏らす。
「駄目だ。これは思うよりも危険だからな。福ちゃんが逃げ遅れて何かあったら、俺達は後悔する。おばさんにも頼まれてるしな」
茂雄の眼差しに加え、母親のことを言われ、福ちゃんは渋々頷いた。
「だから、何が危ないの」
僕は、疑問をまたぶつける。
「そ・れ・は……お楽しみ」
貞治が意味ありげに口元を緩める。福ちゃんに助けを求め視線を向けると、福ちゃんも肯き、空も当然肯いていた。
「未来、ジャンケンだ」
茂雄と貞治は、気合を入れながら拳を振り上げた。
「ジャンケンポイ!」
「アイコデショ!」
「よし!」
貞治が一番右端の凧糸を手に取る。
「ジャンケンポイ!」
「よし! 未来が右から二番目だ。皆! 合流場所は小川屋だ、いいな!」
茂雄はそう言うと、一同に確認して凧糸を手に取る。
「未来君、うまく逃げなよ」
福ちゃんが僕を励ますが、意味の分からない僕は、首を傾げるしかなかった。
周りを見ると、出来る限り、穴から距離を取り、逃げ腰で身構えている。
僕も皆に習い、念の為、逃げ易い態勢を取って身構える。
「せーの!」
茂雄の声で、皆が一斉に凧糸を引く。
「ゲコッ、ゲコッ、ゲコッ……」
僕以外の四人は、凧糸を一斉に引き抜く。すると、凧糸の先から、結び付けられたカエルが姿を現した。
「何だ、カエルか」
何がなんだか分からなかった僕は、慎重になりすぎ、皆よりも引くのが遅かった。引き終わった皆を見て、出てきたカエルに安堵する。
「未来、引くのが遅いぞ」
引き抜いた瞬間、少し逃げていた皆が緊張を解き、僕に集まる。
「ごめん、慎重になり過ぎた。でも、何も教えてくれないからだぞ。カエルならそう言えばいいのにさ」
そう言いながら、僕は凧糸を引く。
「ここのカエルは大きい?」
引く凧糸が少し重く、僕は茂雄に問う。
「何でだ」
「少し重いからさあ」
その言葉に、一同に緊張が走り、また身構える。
「シャー」
「しゃあ?」
僕はその音に首を傾げると、
「うわーーー!」
叫び声が響き、僕以外の皆は、散り散りに走り去った。
僕もその音に視線を送る。
「シュッ、シャー」
「わーー!」
蛙を吐き出したそれが視界に入り、僕は涙をチョチョ切らせ走った。生れて初めて、成り振り構わず全速疾走する羽目になり、急な階段を滑り落ちるように下る。
早くに逃げ出した茂雄と貞治に追いつくと、共に走る。
「酷いぞ! 俺を置いて逃げるんだからなー。何が出るか教えもしないでさあ……」
顔を覗かせたのは蛇だった。体の一部しか出ていなかったが、太巻き程ある胴体から、多分、あれは青大将だ。推測ではあるが、一メートルは軽く超えているように思える。毒は無いにしろ、あの大きさは、それだけで恐ろしい。そして、あの穴は、中で繋がっているのだと思う。でなければ、あの大きな蛇は入らない。